なかなか破れない裁量の壁


連載第79回 『ねっとわーく京都』2011年2月号掲載

岡根 竜介(弁護士)

 以前府政レポートで取り上げた京都府北部の一同和関連企業への不正貸付をめぐる訴訟について、京都地裁で判決が出た。

問題としていたのは、同和対策としてなされた「高度化事業」における10億円にもなる貸付事業である。

ところで、中小企業に対する府の支援は本当に雀の涙で、中小企業全体への補助が、内部留保を拡大し続けている大企業一社に対する補助の10分の1にすぎない。そのような現状では、急場をしのぐ貸付等は府として行うべき重要な政策課題である。本来的には、中小企業にもっと手厚い補助を行うようそもそもの大企業のみ優先という姿勢自体をあらためる必要があることはもちろんである。

現在、いわゆる同和対策については、特別な位置づけで行う必要性はなくなっていることから、一般施策の中で対応するようになっている。貸付でも、他の中小企業よりも優遇しなくてはいけないような必要性は認められない。

市民ウォッチャーでは、今回問題とした貸付が、無利子の貸付でもあることから(しかも高額)、たとえ、「高度化事業」という目的があったとしても、よほどのことがない限り返還に問題がないことを事前に十分調査する必要があると考えている。

ところが、貸し付けたとたんに返済が滞り、現に違約利息を考慮しないとしても8億7千万円もの滞納状態になっている今回の貸付について、本当に法が求めるようなしっかりした調査を行ったのか疑問をもつ。中小企業事業団の行った診断でも、「懸念」が示されていたのであり、その懸念がまさに的中してしまったことになる。

元々、妥当性判断が当該企業の事業実績の1・5倍もの売上予想のもとになされているのであり、これを同地域近辺で大型事業が見込まれることから、「努力によって達成可能」としていた。しかし、実績という裏付けなく判断したこと自体合理的な根拠に欠けると思われる。努力によって達成可能なのであれば、経営悪化企業など出てこない。

 高度化資金貸付事業の大半は、ほとんど滞りなく返済されている。

ところが、市民ウォッチャーが問題としたこの一業者に対する貸付のみが、高度化貸付における府全体の滞納の9割を占めるという突出した異常な状況にある。

滞納が生じると、通常の金融機関は、担保権を実行したり、保証人から回収を図ったりする。確実な担保を確保しておくことは、貸付事業では非常に重要な基本事項である。

ところが、本件の貸付では、例えば、2億8千万円でその業者が取得した土地があった。しかし、評価額は、その10分の1にも満たない。たしかに、売買契約書では、2億8千万円となっているが、その業者が取得するわずか4日前に所有者が変更になっている。そのような短期間で所有者が変わることは、普通は有り得ない。そうすると、いわゆる土地転がしによる不当な価格つり上げが行われたのではないか、という疑いを持つのではなかろうか。

にもかかわらず、4日前の売買については、一切何も調査がなされていない。実際に担保価値をどの程度のものとして把握したのかについては、全く資料がない。要するに、本当は何も調べてなどいないと思われるのである。もし調査した資料等があったのであれば、提出されているはずのものである。府が貸し付ける場合、そのようなチェックで足りるのだ(一般対象の貸付であれば府もおそらくこんな杜撰な調査では貸さないであろうが)。

仮に、そのような土地を対象に、2億円を貸し付ければ、すぐに返済が滞った場合、あっという間に貸付額の9割が回収できないという事態を招く。まさに本件がそうなっている。

ところが、固定資産評価の調査さえ行っていなくても、形式的な担保手立てをとっていることや、ほとんど意味のない他の物件の第2順位以降の抵当権を取得していること、歴史的経緯(具体的には全く何も示していないが)などから、裁判所は、本件貸付について、「未だ裁量の逸脱・濫用と言える程度に著しい不合理ではなかった」と判断した。

一般の金融機関であれば、この貸付を行った担当者は、間違いなく責任追及されるであろう。

府民の税金が、8億円も無駄に消えてしまった。それでも、裁量の逸脱はないとされた。本当にこれでいいのだろうか。

控訴審(大阪高裁)の判決は、2011年1月28日に予定されている。