連載第118回 『ねっとわーく京都』2014年9月号掲載
井関 佳法(弁護士)
2014年5月30日、市民ウォッチャー・京都(以下、ウォッチャー)の2014年総会と記念講演会が開かれました。
記念講演は、ジャーナリストの中村一成さんを講師に招き、「『ヘイトクライム』から考える──京都朝鮮学校襲撃事件を中心に」のテーマでの講演でした。重いテーマでしたが、非常に充実したお話でした。素晴らしい地裁判決を受け、しかし7月8日の大阪高等裁判所の判決言い渡しを目前に控えた時期に開催され、こどもみらい館の会場には多数の市民が詰めかけましたが、緊張感に包まれているように思われました。中村さんは熱く語られました。
わかりやすく論点を整理、強烈な事実で=京都朝鮮学校襲撃事件
京都朝鮮学校襲撃事件は、2009年12月4日午後1時頃、小学生が現に勉強している南区の京都朝鮮第一初級学校に、「在日特権を許さない市民の会(以下、在特会)」等のメンバーら11人が押しかけ、1時間にわたり、大音響の拡声器で「スパイ養成機関」「密入国の子孫」などの罵詈雑言を怒号し、学校前の公園内に設置していたスピーカーを切り離し、サッカーゴールを倒すなど蛮行の限りを尽くした事件でした。
学校側は刑事告訴しましたが、メンバーらは翌年1月14日にもデモを敢行し、街宣差止めの仮処分の申請も無視して3月28日にも差別街宣を強行しました。主犯格4人が威力業務妨害などで執行猶予付き有罪判決を受け、確定。平成25年10月7日には、京都地裁が、街宣の差止めと1226万円の賠償を命じる画期的な判決を言い渡しました。そして、7月8日に大阪高裁が、地裁判決を支持する判決を言い渡したことはご存じの通りです。
この事件を通じて、当事者と中村さんが衝撃を受けたことは、動かない警察、助けてくれない警察だったと言います。在特会などの行動する保守の問題は、相当部分において警察の職務執行のネグレクトに起因します。そして中村さんが恐怖したのは、使い勝手の悪い名誉毀損罪と侮辱罪しかない刑法、そして大変なコストのかかる民事裁判、日本に救済システムがないことでした。
マスメディアは、「憎悪表現」(ヘイトスピーチ)という言葉を使っています。「憎悪表現」(ヘイトスピーチ)とは「人種、民族、性などの属性を理由として、その属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、差別、憎悪、排除、暴力を煽動し、または侮辱する『表現行為』」と定義されています。
しかし、この言い方に対しては「デモのシュプレヒコールが全てヘイトスピーチにされる恐れがある」との疑問が表明されています。こうした懸念を受けてのことと思われますが、朝日新聞は最近「差別的憎悪表現」という言葉を使うようになっています。
また「憎悪表現」(ヘイトスピーチ)という言い方に対しては、憲法21条の表現の自由で保障されるかのように誤解される、憲法の保障を受けないことをはっきりさせるために「表現」という言葉は使わず、人種差別撤廃条約第4条で禁止された「差別煽動」という言い方が相応しいとの意見もだされています。
さらに「差別煽動」という言い方に対しては、「煽動」という言い方を使うと、人々をあおり立てる効果を問わなければならなくなり、そのような効果はないけれども人を傷つける言動が対象から外れてしまい、結果として被害を軽んじることになるとの批判もあります。
「〇〇は、死ね、殺せ」といった下品で過激な発言、下から差別的罵詈雑言が問題にされることが多いのですが、それだけでは足りません。例えば、政治家達が、朝鮮学校を無償化から排除したり、補助金を停止したり、ブザー配布を拒否したりしています。これら上からの差別的煽動も、同様に問題にしなければなりません。
このように日本では、どんな言葉で言い表せばいいのか、どういう角度から問題にすればいいのかといった、非常に基本的なところから整理が付いておらず、共通の理解も形成されていない状態です。
これに対して、中村さんは、講演のタイトルに使われた「ヘイトクライム」という言葉を使われます。直訳すると「憎悪犯罪」になります。「差別的動機に基づく暴力や、差別発言を伴った暴力」を意味しています。絶対に許されないもの、国の力で取り締まるべきであることをはっきり示すことが必要だと考えておられるのだと思います。有形力の有無にかかわらず暴力であり、民主主義の大前提を損ない、更なる暴力を誘発し過激化する危険をはらんでおり、過激化の究極にはジェノサイド、ナチスのユダヤ人迫害、最近ではルワンダでの大虐殺があるのだと、中村さんは指摘します。これはゾッとする話ではないでしょうか。従って、日本でも法規制を真剣に検討すべきであると力説されました。
問題についての理解が遅れている上、議論も錯綜している中、わかりやすく問題を整理し、そして強烈な事実を突きつけていただき、問題に向き合う大切な機会を得ることができました。
事件の経過とその渦中を闘い抜いた当事者や弁護士の生の姿と声は、中村一成さんの著書「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件 <ヘイトクライム>に抗して」(岩波書店 定価=本体1800円+税)に詳しいです。是非ご一読下さい。
新代表は森裕之先生に
総会では代表が田村和之先生から森裕之先生に交代しました。
田村和之先生は、龍谷大学法学部の行政法の教授で、ウォッチャーの取り組む事件について裁判所への意見書作成のほか、毎月の幹事会にほぼ毎回出席され専門的な観点からの助言をいただくなど、先頭に立ってウォッチャーを引っ張られました。さらに昨年京都で開かれた全国オンブズマン大会では、現地実行委員長を務めて大会を成功に導かれました。昨年3月に大学を退官され、ご自宅が広島である関係で、退任されることとなりました。
新たに代表に選ばれた森裕之先生は、立命館大学政策学部の教授で、大阪の橋下批判や京都地裁にも係属し全国的に闘われているアスベスト訴訟の支援でご存知の方も少なくないと思います。ご自身の言に拠れば、これまで京都とは若干疎遠であったが、これを機会にもっと京都にかかわりたいと考えておられるとのことです。新代表を先頭に、今年も頑張りたいと思っております。