「景観で大資本が金儲け」は許せない


連載第140回 『ねっとわーく京都』2016年9月号掲載

井上 吉郎(WEBマガジン・福祉広場編集長)

市民ウォッチャー・京都の総会(5月26日、こどもみらい館)の記念講演で井上誠二さん(建都住宅販売株式会社代表取締役)は、「超高額マンション問題から考える京都のまちこわし」と題して熱弁をふるった。

ここ数年、京都市内の景観上文化上特別な場所での超高額マンションの建設が相次いでいることをふまえての講演だった。梨木神社(御苑東)や下鴨神社、鴨川西側の法務局南(鴨川西)、衣笠小学校南(北野)、番組小学校跡地(統合学校跡地)、四条西桐院(四条通)、烏丸御池や御所南などなど、その勢いは留まるところを知らない。「いったい誰が建設し、どういった人たちがどんな目的で購入しているのでしょうか。現在進んでいる超高額マンション建設の経済的、社会的背景、京都に及ぼす影響などについて、京都の不動産事情、マンション建設事情に精通している井上誠二さん」から学ぶという会で、下鴨神社マンション建設に異を唱える人などが参加した。

講演ではバブル期とバブル期以降のマンション建設の特徴づけ、京都市の「新景観条例」(2007年。建物の高さや形状の規制・誘導、色などの看板規制等)を契機とする新築マンションの建設スピードダウンに触れた。そして、アベノミクス以降の地価と都心マンション価格の高騰、外国人観光客の急増を背景にマンション建設が相次いでいる今日も語られた。そして、ラッシュとも言える建設計画の多くは富裕層を対象にしたものであり、中には「投機」を目的としたものもあるという特徴も指摘された。

和装などの地場産業の低迷、崩壊を背景に、高層建築不可や看板規制(色や形状等)などの景観が残る地であること、「大文字景観」など日本の代表的な観光地であることなどを「売り」(セールスポイント)にマンションが建設される。京都の町衆(市民・住民)が営々と創造・保全してきたまちなみ景観が破壊の危機にあることに警鐘を鳴らす話だった。

以下にその例と代表的な違和の表明を見よう。

2015年10月9日の『朝日新聞』の1面に広告が載った。広告主は三菱地所レジデンス、フルカラーの広告の真ん中には鴨川の流れとドンド(水が白い)があり、遠くに橋が見え、土手には紅葉した木々がある。川の右岸に川に沿う形のマンションの完成予定図が描かれている。荒神橋の南西に法務局があって、北には府立医科大学と府立病院がある。正面に鴨川の流れ、東に如意ヶ岳(大文字山)などの東山が広がり、後には京都御苑(仙洞御所)が控えている。“一生ものに、住む。ザ・パークハウス”“三菱地所レジデンスが贈る。鴨川のほとり、御所の東。大文字山をのぞむ「京の風情と、現代の美意識が融合する全85邸」”とは広告のコピーだ。

同じ新聞の別面には、“ジャンボな景観?7億円 京の億ション計画”の見出し記事がある。それは、7億円という価格は1995年以降、西日本で分譲されたマンションの最高価格であること、5千平方メートルの土地は財務省京都財務事務所の跡地で、三菱地所が2013年に63億円で落札したこと、7億円の部屋は最上階にあって大文字が望めるということ、半数以上の部屋が1億円を超える見通しであること、分譲戸数の6割は別荘に使われる見通しであること、英語対応の受付も置くことを伝えている(僕には、三菱のロゴマークが「反社会的勢力」の「代紋」のように見えた)。

衣笠小学校南。“衣笠・平野・北野エリアを貫き、現地東側を走り抜ける平野通。その先には、旧・住友家衣笠別邸門衛所(現・聖ヨゼフ修道院)が、いまも落ち着いた佇まいを見せるなど、まさに、邸宅の系譜に寄り添う通りです。「ローレルコート京都北野」は、この閑静な平野通に面して正門を開き、風格あふれる佇まいを構えます”とは90室のマンション計画(近鉄不動産)の誘い文(キャッチコピーは”北野の稀席”となっている)。平野神社の東、東側に北野天満宮・紙屋川の流れと樹々のみどりがある。京の景観は未来からのあずかり物、を実感するロケーション。

京都のまちに禅の修行僧・雲水のオ――オ――という声が響く。その無心で無碍自在のありよう(行雲流水)が『方丈記』の世界観(流れる水は一時も同じ状態でなく雲の表情は一瞬に変わる)と通底する。相次いだ天変地異、人為では抵抗しようのない自然の猛威に対しても、長明は批評精神を働かせた。まちこわしは人為、自然現象ではない。

文化財修復の大手・小西美術工藝社の会長(社長)のデービッド・アトキンソンさん(京都国際観光大使。氏は元ゴールドマン・サックス証券アナリスト、裏千家茶名「宗真」)が『京都民報』(10月18日号)に登場し、インタビューに応えている。京都市任命の「大使」が、市主催の観光シンポで、市の景観、文化観光行政を正面から批判する。<町並みは国民の共有財産であり世界の共有財産><京都市が京都のまちを千年の都、文化都市と自慢するのなら、町家解体を規制、町並みを保全するのは、最低限の責務><市は、旅行雑誌…で、京都が一位になったと自慢…京都に宿泊した外国人観光客は183万人。ロンドンは1700万人、パリは1600万人、バンコクでも1000万人…京都は86位…183万人を自慢するなど、ジョークとしか思えない>。まちこわしを放置することからはまちの保全・創造は望めない。

京の「大景観」は市民共通の財産、「社会的共通資本」でもある。「景観」で大資本が「金儲け」をする。そんな蛮行は許せない。そう思わせる講演だった。