ヤバすぎる「緊急事態条項」


連載第137回 『ねっとわーく京都』2016年5月号掲載

諸富 健(弁護士)

安倍首相は、憲法改正について「在任中に成し遂げたい」と述べるなど、改憲への強い意欲を示しています。そして、その第一歩として、「緊急事態条項」を新たに設けることが目論まれています。9条を改正する前の「お試し改憲」などとも言われていますが、とんでもありません。「緊急事態条項」自体、とってもヤバすぎる代物なのです。

2012年に発表された自民党改憲草案の中に、「緊急事態条項」が含まれています。これによると、外部からの武力攻撃や大規模な自然災害などが発生すると、内閣総理大臣が緊急事態の宣言を発することができます。すると、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を定めることができるようになり、何人も国その他公の機関の指示に従わなければならなくなります。

本来、憲法は、基本的人権を保障することを目的とし、基本的人権が侵害されないように権力分立の仕組みが設けられています。これが立憲主義という考え方です。ところが、「緊急事態条項」によると、国を守るために、法をつくる人と動かす人を同一にして権力を集中し、基本的人権を制限することが可能になります。立憲主義の思想とは真逆のものと言えます。

また、緊急事態宣言は100日を超える毎に国会の承認が必要ですが、この承認については衆議院の優越が認められています。しかも、緊急事態宣言が継続している間は衆議院が解散されませんし任期を延長することもできますので、衆議院議員の構成が変わりません。衆議院の第一党の党首が内閣総理大臣に選ばれている日本では、内閣が緊急事態宣言の継続が必要だと考えれば間違いなく国会の承認も得られることになり、いつまで経っても緊急事態宣言が解除されないことになります。

フランスでは、昨年(2015年)11月にパリで発生した同時テロを契機として非常事態宣言が発令されましたが、本来の期間は12日間だったのに11月末に3か月延長され、今年2月にはさらに3か月延長されました。その間、集会やデモの開催が禁止されたり、令状なしで捜索差押が行われたり逮捕されたりしています。

東日本大震災のときに対応が遅れたのは憲法に「緊急事態条項」がなかったからだと言う人もいますが、そもそも災害対策については災害対策基本法や災害救助法といった法律がすでに制定されています。また、テロ対策についても警察官職務執行法や自衛隊法で十分カバーできます。

災害やテロに備えるためには、予め各法律に基づいた準備をしておくことが何よりも肝要で、緊急事態が発生してから内閣があたふた動いたところでかえって現場の混乱を招くだけです。そうしたことから、震災を経験した岩手、宮城、福島、新潟、兵庫をはじめとして各地の弁護士会が、「緊急事態条項は災害対策にとって不要であるだけでなく有害だ」として反対する会長声明をあげています。

また、衆院選と災害が重なった場合に政治空白が生じることも、「緊急事態条項」を新設する理由に挙げられていますが、そうした場合に備えて、現行憲法は参議院の緊急集会を開催することができる規定を設けていますから、対応は十分可能です。

現行憲法制定時の審議において、当時の憲法担当大臣は次のように述べています。

「緊急勅令及び財政上の緊急処分は行政当局者にとりましては実に調法なものであります。しかしながら(略)国民の意思をある期間有力に無視しうる制度である(略)。だから便利を尊ぶかあるいは民主政治の根本の原則を尊重するか、こういう分かれ目になるのであります」

こうした議論を経て、現行憲法は「緊急事態条項」を定めませんでした。「便利」よりも「民主政治の根本の原則」を選んだのです。もし、「緊急事態条項」が新設されることになれば、「民主政治の根本の原則」が破壊され、政府にとって実に「便利」な道具として使われることは間違いありません。独裁政治の始まりです。

夏の参院選(場合によっては、同日選挙がささやかれている衆院選)は、明文改憲への道が開かれるかどうかの天王山の闘いとなります。是非、ヤバすぎる「緊急事態条項」の恐ろしさを多くの人に伝えてください。さらに詳しい内容を知りたい方は、明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)のホームページフェイスブックで、「緊急事態条項がヤバすぎるのでフェスで叫ぶことにしました。」の投稿記事をご覧下さい。