同和奨学金滞納状況全国調査結果報告書

2010年5月25日
市民ウォッチャー・京都
(情報公開と行政監視に取り組む京都市民の会)
 代表 田村和之

はじめに

市民ウォッチャー・京都はこれまで、同和奨学金の返済について、京都市・府が借受者の資力、意思に関わりなく返済を一律に肩代わりしてきたことなどは違法だとして、住民訴訟を行ってきた。その過程でわれわれのもとには、他府県においても類似の制度を持つところがあるとか、いや行政はろくろく請求行為をしていないなどといった情報が届いている。

そこで、当会として、京都市・府と他府県の実情の比較、各地の返還状況に見られる共通した問題点を明らかにするため、国の同和奨学金(地域改善対策奨学金)事業を実施したすべての自治体を対象に返還・滞納状況に関する調査を実施した。

調査により総計61億円を大きく超える滞納が発生していることが判明した。自治体ごとで同和奨学金事業の運用方法、滞納状況に大きな差が見られ、滞納ゼロかほとんど滞納を生んでいない自治体がある一方、回収をつとめるどころか当初より借受者に対する請求行為を行っていない自治体さえあった。また、多額の滞納を生んでいる背景に、国庫補助金を支給し続けてきた文科省の姿勢の不十分さがあることも明らかとなった。

以下、調査結果を報告する。

初めて明らかとなる全国的な状況

同和奨学金は国の同和対策の中でも中心的な事業の一つで、1969年の同和対策事業特別措置法施行以前の1966年度より実施されてきた。

国庫補助金3分の2が支出されるが、事業の実施主体は府県(政令市)である。同和奨学金は当初返還の必要のない給付制だったが、1982年度より貸与制に切り替わった。借受者は卒業後20年分割で返還し(早期に返還することはもちろん可能だが、多くの場合、制度で認められている最長の20年をかける)、府県(政令市)は返還金の3分の2を国に返納する義務がある。ただし、借受者の世帯の全収入が生活保護世帯基準の1・5倍以内の場合、返還を5年間免除される(免除申請は何度でも可)。国の同和奨学金事業の新規受け付けは地対財特法が失効した2002年3月末で終了している。

文科省児童生徒課就学支援係によると、同和奨学金事業を実施した自治体は全部で41(34府県、7政令市)である。当会は、2009年10月、全41自治体に対し、貸与額、貸与数、年度別返還額・滞納額、返還免除額、独自免除制度の有無とその金額などを問う質問表を送付し、のち必要に応じて電話による補足的な聞き取り調査を行った。2010年5月25日現在、40自治体から回答を得た。唯一回答しなかったのは福井県である。また、回答した40自治体のうち福岡県は、貸与総額、貸与総数以外は「非公開」との返答、徳島県は本報告書において滞納率を明示することに了解してもらえなかった。

結果は別表の通りである。われわれが知る限り、全国的な返還・滞納状況を示すデータが明らかになったのは初めてのことである。同じく、各自治体の独自返還免除・肩代わり制度の有無とその内容がこのような形でまとめられるのもおそらく初めてのことである。国庫補助金を支出した文科省ですらも把握していないデータだと思われる。

なお、質問表に明記していなかったため、貸与数については、「延べ人数」もしくは「実人数」で回答した自治体が混在している。そのため全自治体の総数の算出、自治体相互の単純な比較はできない。また、滞納率も、自治体によって算出方法が異なっていたため、各回答データをもとに、「滞納額÷(返還額+滞納額)=滞納率」として算出したことを、あらかじめおことわりしておく。

全自治体への貸与総額は1641億1692万円で滞納額は61億7600万円。平均滞納率は19・4%(福岡県のぞく)である。貸与額の最も多いのは福岡県の215億3062万円(貸与数1万人以上)、次いで三重県の107億3010万円(同6332人)で、最小は茨城県の8649万円(同79人)である。滞納額(福岡県のぞく)は多い順に、奈良県10億156万円、兵庫県8億5297万円、和歌山県6億7189万円と近畿の自治体が上位を占める。貸与数が多いためこれはある程度必然的な順位といえる。滞納率(徳島県、福岡県のぞく)を見ると、高知県44・4%、長野県40・8%、宮崎県37・9%の順、逆に、愛知県、京都府、佐賀県、長崎県、京都市は滞納率はゼロである。

独自免除制度の問題点

ただし滞納率の低さが、その自治体の回収状況の「優良度」を示すとは限らない。貸与数が多いと回収が滞りがちになることはある程度やむを得ないし、それ以前に、自治体独自に大規模な返還免除・肩代わり制度を導入すれば、当然滞納率は低くなる。

全体の3分の1以上にあたる14自治体が、国の免除基準とは別に独自に免除(もしくは行政による肩代わり)制度を実施している(別記参照)。その多くは、世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内など具体的な数値を示したものである。

一方、愛知県、三重県、京都府、京都市では、一律に免除(肩代わり)し、大阪府、大阪市では、経済状況とは直接関係しない要件で免除している。愛知県、京都府、京都市の滞納がゼロなのは同和奨学金事業を「実質給付制度」として運用するこれら独自免除制度の結果である。

奨学金により、教育の機会均等が保障され、学業修了後、就職し経済的自立を果たせば、当然借りた奨学金は返済すべきである。また、奨学金を返済できる資力を得たこと自体、経済的自立を果たした(本奨学金事業の効果が現れた)という意味で歓迎すべきことであるといえるが、これらの自治体の免除(肩代わり)制度は、公金支出の公正性、効率性はもとより、借受者の自立という点でもその効果は疑問である。

なお、京都市は2008年度に、借受者の意思、資力に関係なく一律に行政が肩代わり返済する「自立促進援助金」制度を廃止し、返還を求める方針に転換したが、2000年度以前にすでに返還始期を迎えている借受者の返還を全額免除する新制度を導入した(京都市が最終的に免除する金額は国および市独自の同和奨学金制度を合わせて約18億円だが、うち国制度の奨学金の借受者の免除金額は約5億1000万円である)。

大阪市も2001年度前の借受者10億3000万円分の債権を新たに一律放棄する方針を固めている。

文科省の問題点

滞納率の高いいくつかの自治体にその理由を問い合わせてみると、回収活動に困難が生じる自治体固有の事情があるわけでも、回収活動の手続き上の不備があるわけではないと一様に返答している。本来なら免除になる借受者もその申請をしないために「滞納」扱いになっているケースも一定数あるというのが、唯一の理由らしい理由だった。

くり返しになるが、滞納総額が多く滞納率が高い自治体は、他の自治体に比べ問題を抱えており、逆に滞納総額が少なく滞納率が低い自治体には問題がないと、単純に比較することはできない。貸与対象の規模や自治体独自の状況はもちろん、その自治体が独自の免除・肩代わり制度を創設しているかどうかなど、さまざまな要素を検討しなければならない。しかし、これだけ滞納が膨らみ、あるいは返還をめぐって混乱が生じている自治体(京都市、大阪市)が明らかとなったにもかかわらず、文科省が何の対策も講じていない点は、大きな問題といわなければならない。

今回の調査で自治体の担当者から、担当者といえども他府県がどのような返還状況にあるのか、あるいはどんな独自の免除制度を持っているのかなど、ほとんど知る機会がないとの声を何度か聞いた。また、滞納率が高い自治体の担当者は、必ずしもそのことに強い危機感を持っているようではなかった。これは同和奨学金の返還・滞納についての文科省の姿勢が大きく影響していると推察される。

当会が、同和奨学金事業を担当する同省児童生徒課就学支援係担当者に電話で行ったインタビュー内容は次の通りである。なお、インタビューを行ったのは2009年12月22日だが、その約2週間前に、当会からの質問事項は同省担当者に書面で通知している。

──地域改善対策奨学金の返還状況は自治体によりかなりのバラつきがあります。なかには、数年前まで事実上まともな回収業務をやってこなかった自治体もあります。文科省として、各自治体の返還状況をどう把握していますか。

文科省 地域改善対策奨学金実施要綱第11条により、自治体ごとで管理されていると認識しています。

──国が返還状況を把握する筋合いのものでないということですか。

文科省 そういうことです。

──国庫返納額が少ない自治体に対しては、督促や指導などを行っているのでしょうか。

文科省 文科省としてとくだん指導、督促を行うものではないと認識しています。国への返納額については、要綱第12条3及び4にあるとおり、各自治体が前年度に回収した金額に応じて国に返納するということになっているので、その通り扱っています。

すなわち、文科省は基本的に各自治体の回収状況及び滞納状況を把握していない。国庫への返済が少ない自治体に対して、とくだん督促、指導することもない。滞納総額は61億7600万円あまり(しかも総貸与額ダントツで1位の福岡県分をのぞいた額)。うち3分の2が自治体の国に対する滞納ということになるが、これだけの公金が失われている現実に対し、危機感に欠けると言わざるを得ない。

同和行政をめぐるこれまでの経緯から考えて、各自治体当局が、マスコミや議会から、同和奨学金の滞納を厳しく指摘されることは少なく、そのうえ、国からも指導を受けることがないとなれば、滞納状況が今後大きく改善する可能性は考えにくい。

実施要綱によれば、確かに「府県又は指定都市は、返還金債権に関し、その保全、取立て、その他の管理事務を行うに当たっては、各府県又は各指定都市の定める債権管理に関する規則にのっとり正確にこれを行うものとする」ことが決められている(第11条)。しかし、これは文科省は、各自治体の回収状況を漫然と見守ることしかできないことを意味するものではない。

補助金適正化法第3条では、「各省各庁の長は、その所掌の補助金等に係る予算の執行に当っては、補助金等が国民から徴収された税金その他の貴重な財源でまかなわれるものであることに特に留意し、補助金等が法令及び予算で定めるところに従つて公正かつ効率的に使用されるように努めなければならない」とあり、「補助事業等が補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件に従つて遂行されていないと認めるときは、その者に対し、これらに従つて当該補助事業等を遂行すべきことを命ずることができる」(同第13条)、「当該補助事業等につき、これに適合させるための措置をとるべきことを当該補助事業者等に対して命ずることができる」(同第16条)ことを定めている。

巨額の滞納を傍観するだけの現在の文科省の姿勢は、これら補助金適正化法に違反している。回収状況改善のため、早急に対策を講じる必要がある。

京都市、大阪市の新規免除制度への対応について

京都市、大阪市では同和奨学金が貸与制度に移行後、独自に返済を行政が肩代わりする制度を続けてきた。両市とも、この奨学金は卒業後は返還しなければならないことを借受者に告知せず、逆に返還の必要はないという本来の制度とは異なる説明を続けていたという。こういった制度は近年、住民訴訟や監査などで問題となっている。

京都市は1982年の同和奨学金制度が給付制から貸与性に切り替わって以降、借受者の返還の際、返還金と同額の「自立促進援助金」を支給する形をとり、全員の返還を肩代わりしてきた。この自立促進援助金制度は違法だとして、住民訴訟となり、2001年度以降に支給した同援助金は違法だとする大阪高裁判決が確定した(2007年9月)。

これを受けて京都市は2008年12月、同援助金制度を廃止するとともに、2000年度までに返還始期を迎えている借受者全員について、その意思、資力に関係なく返還を免除する条例を制定した。独自の免除制度を創設・運用している自治体は他にもある。他の自治体においては独自制度で免除した借受者の国庫補助金分の返還は、自治体が負担して国に返還しているのに対し、京都市は独自制度で免除した国庫補助金分(3億4000万円)の国への返還は必要ないとして制度を創設しており、実際に2010年3月末現在、返還していない。

大阪市も京都市同様、貸与化されて以降、行政による肩代わり返済制度を続けてきた。2002年度以降は「幅広く社会に貢献しうる者」などを条件とする免除制度を新設、実質給付制度を維持したが、2006年の監査でこの肩代わり・免除制度の妥当性が問題となった。

大阪市は2010年3月、2002年度以降に返還始期を迎えた借受者についてはさかのぼって返還請求するものの、それ以前の借受者の10億3000万円(国庫補助金分約6億8600万円)を債権放棄する新条例制定の方針を発表した。大阪市国庫補助金分の国への返還について当会の聞き取りに対して、基本的には返納しなければならないとしつつも、詳細は国と協議中であると回答している。

京都市、大阪市の対応は、返還金債権の管理についてのべた前出実施要綱第11条、同要綱第12条3、また、補助金適正化法第3条2「補助事業者等は、補助金等が国民から徴収された税金その他の貴重な財源でまかなわれるものであることに留意し、法令の定及び補助金等の交付の目的又は間接補助金等の交付若しくは融通の目的に従つて誠実に補助事業等又は間接補助事業等を行うように努めなければならない」、および同法第11条「補助事業者等は、補助金等の他の用途への使用をしてはならない」との規定に反するものである。

したがって、文科省は、前出同法第13条、16条の規定により、京都市、大阪市に対して、必要な是正措置を命じなければならない。文科省担当者は当会の電話での聞き取りに対して、同和奨学金制度の免除制度は、「実施要綱で定めているものだけであり、自治体独自の制度で免除したものであっても自治体は国庫補助金分は返還しなければならない」と回答している。ところが、京都市、大阪市の個別のケースについて質問しても、どういった対応をするか明言しなかった。

京都市、大阪市とも、いうなればこれまでの行政の不適切な制度運用の結果の処理のために創設されあるいは創設が検討されている免除制度である。他の自治体が法律・要綱にのっとって当初より回収・返還につとめてきた一方、不適切な運用をしてきた自治体にだけ、返還を国が例外的に免除することなど、とうてい認められるものではない。

提言

 以上の調査結果を踏まえ、文科省並びに会計検査院に対し、次のことを実施するよう提言する。

  1. 文科省において、全自治体を対象とした同和奨学金の回収・返還状況に関する調査を行い、実情を把握し、必要な措置を講じること。
  2. 同じく、独自制度により返還を免除した京都市、大阪市に対し、借受者の国庫補助金分の返納を命じること。
  3. 会計検査院においても、独自に検査を行い、文科省並びに各自治体の債権管理、回収業についての問題点を明らかにすること。

おわりに

一般論として、奨学金は貸与より給付制度がよりのぞましいといえる。経済環境が悪化している昨今においてはなおさら給付制奨学金の重要性は高まっているといえよう。

だが、だからといって、貸与制度であるにもかかわらず、返還が滞っている現状を追認したり、法律や要綱に反する運用を行ってはならない。日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金滞納者に対する行き過ぎと思われる措置(たとえば滞納者情報を個人信用情報機関に通報する)は見直しが必要だが、その一方、同和奨学金滞納に対してのみ、国が特別の扱いをする理由はない。

また、民主党政権のもと、「事業仕分け」と称して予算とその枠組み、公共事業のあり方の大きな見直しがはかられている現状を考えれば、まさに不正常な現状に早急にメスを入れ、国民の損害を少しでも回復すべきである。

過去、同和対策事業全般において、乱脈・不公正な実態が広く見られ、そのことによって住民の行政不信や部落問題に対する誤解を生んできた経緯がある。この先、同和奨学金滞納に対する理由のない特別扱いの継続は、同和奨学金借受者の自立を阻害することはもちろん、国民の部落問題認識を歪ませる結果を招くだけである。同和対策事業によって生じた負の側面をうやむやにすることなく、行政の責任において適切な決着をつけるよう、重ねて要望する。

自治体独自の免除(肩代わり返済)制度

愛知県〕国の基準で返還が免除されない者に対して、返還すべき額と同額を県単独事業である「生涯学習助成費」を給付。

三重県〕「生活困難のため返還が著しく困難であると認められる」者の返還を免除。実際は全員が免除対象となっていた。同制度は2000年度末で廃止されたが、廃止以前に返還が始まっている借受者は全員引き続き免除。

滋賀県〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内の場合免除。

京都府〕国の基準で免除されない者全員に対して、府単独事業として返還すべき額と同額の「償還対策資金」を給付。2004年度以降の貸付け分の返済についてのみ、償還対策資金給付にあたって所得制限が導入されたが、現在も全員に給付する実態は変わらず。

大阪府〕「生活困難のため返還が著しく困難であると認められる」者、「社会及び地域に貢献しうる有為な人材」の場合免除。

広島県〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内の場合免除。

徳島県〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内の場合免除。

高知県〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内の場合免除。

佐賀県〕借受者の扶養親族の数が3人までで借受者の年収が500万円以下の場合、同じく扶養親族が4人以上で年収が500万円と借受者の数から3を減じた数に38万円を乗じて得た額との合計額以下である場合免除。

熊本県〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の1・9倍以内の場合免除。

名古屋市〕市独自の基準で「生活困難のため返還が著しく困難であると認められる」者の場合免除。例=4人家族(中学生、高校生含む)で年収約680万円以下。

京都市〕市単独事業として借受者全員に対し返還すべき額と同額の「自立促進援助金」を給付。2008年度同制度を廃止するとともに、2000年度以前に返還始期を迎えた借受者に限って返還は全額免除。

大阪市〕「幅広く社会に貢献しうる者であって、また、地域の教育・文化・福祉水準の向上に貢献しうる有為な者と認められる」場合免除。

広島市〕世帯の全収入が生活保護世帯基準の2倍以内の場合免除。

以上

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