マラソン本番前から失敗している京都市


連載第90回 『ねっとわーく京都』2012年2月号掲載

井上 吉郎(〈WEBマガジン・福祉広場〉編集長)

2012年3月11日に、〈東日本大震災復興支援〉〈京都・日本の活性化〉を〈メインコンセプト〉として、京都マラソン2012がおこなわれる。主催が京都市と京都陸上競技協会、企画・運営は京都マラソン実行委員会だ。マラソン当日は大震災、大津波、原発大事故から1年にあたり、日本列島は1年前の悲惨に向きあって、鎮魂に包まれるだろう。すでに、政府の行事も発表されている。

朝8時30分に西京極総合運動公園を出発した1万5000人のランナーは、主に京都盆地北側を走り、最終点である平安神宮をめざす。午後2時30分が終了時刻なので、6時間が制限時間となっている。

京都市を悩ませる交通問題

大きな行事として、これを成功させたいと考えているであろう京都市の前に立ちふさがっているのが、交通問題、渋滞問題だ。

〈マラソン大会の開催には、市民スポーツの振興はもとより、国内外からの入洛客による高い経済波及効果や、京都の多彩な魅力が広く発信されることによる都市ブランドの更なる向上など、京都にとって多くのメリットがある反面、道路を長時間利用するため、市民生活への影響が予想されます。大会の開催にあたっては、当日のマイカー使用の自粛など市民の皆様の御理解、御協力が不可欠〉(「京都マラソンホームページ」)

と渋滞問題を取り上げる行政だが、ここには市民生活に直結する問題が潜んでいる。

マラソンコースは京都盆地の北側に設定されている。設定された京都盆地北側は、地下街が発達せず、道路橋も少なく、道も広くない。京都という歴史都市の特質であり、魅力ともいえよう。そこを1万5000人ものランナーが、限られた時間内で駆け抜ける。当然のこととして大渋滞が発生し、緊急車両や介護者の通行も困難になってしまう。主催者は、警備や交通問題のプロであり、道路使用許可者である警察当局と公式、非公式の接触を重ねてきた。

その結果、市民に見える形で浮かび上がってきたのが、「マイカー自粛」措置だった。門川大作市長はこのことについて、

〈大会当日は、長時間にわたり道路を使用することから、京都市内で車が大渋滞し、市民生活に影響が生じる恐れがあります。大渋滞を回避し、大会を成功させるためには、市内交通量の35%削減という大きな目標を達成する必要があり、市民の皆様の御理解と御協力が不可欠です。当日は、ノーマイカーデーと位置付け、市民、経済界、大学、行政すべての力を結集して、緊急時以外マイカーに乗らないということを徹底していきたいと思います。これは大会成功の大きなカギ〉

と言っている(7月12日、京都陸連などとの共同記者会見)。つまり、マイカー自粛以外に渋滞対策はないと言っているわけだ。

「マイカー自粛宣言」『歩くまち・京都』への同意求める

渋滞が発生するとして「マイカー自粛宣言」が京都市から呼びかけられ、これに同調する「署名」が市政協力委員(町内会)などのルートを使って市民に求められた。9月のことだ。

「署名」には、氏名、住所、マイカー自粛宣言への協力台数を書くことになっている。「署名」は20枠がある回覧方式で、署名用紙を集めた人がすべてわかるようになっている。「署名用紙」には、《京都市は、『歩くまち・京都』のまちづくり施策を進めています。その中で、『出来るだけクルマに頼らない暮らし』を、市民の皆様に、呼びかけさせていただいております》と、現職市長の市政運営の主張がストレートに表現されている。「署名」は、現職市長の主張に同意すること示す「署名」ともなっている。

ところが、学校長、PTA会長(筆者の手元の文書には10月12日と書かれている)、スポーツ少年団本部長名(ちなみに京都市スポーツ少年団の事務局は京都市教委事務局に置かれている)の「京都マラソン2012の開催に伴うアンケートへの協力について(依頼)」と題された文章には、《なお、本アンケートでは氏名やお住まいの町名、またノーマイカーデーへの協力の可否の記載を求められていること等を踏まえ、回収につきましては、下記のとおり行いたいと存じますので》と、市政協力委員が使った署名用紙と同じものが続いているのだが、ここでの注目点は、「署名」が個人情報であることを認めているということだ。

個人情報保護対策として、学校長とPTA会長名の文書では、「記入者名」「記載内容」が「見えないよう、封筒に入れていただいたり、記入面が内面になるよう折ってホッチキスで止めていただいてしても構いません」と述べ、学級担任への提出を求めている。スポーツ少年団本部長名のそれでは同封の「返信用封筒」の使用を求めている。

そう、「署名」は個人情報なのだ。しかるに、回覧方式をとった京都市! しかし、学校長などの公文書は「京都マラソン2012の開催に伴うアンケートの協力について(依頼)」となっていて、「署名」の文字が消え去り、同じものが「アンケート」に化けている。「署名」を求めるのではなく「アンケート」にとどめておく。「嘘も方便」が過激表現なら、こういう手法は「詐欺的」と言えるのではないか。

「監査請求」を求める

2011年10月13日、「市民ウオッチャー・京都」と僕らは、京都市の監査委員に監査を請求した。

監査委員に求めたのは、「京都市からのお願い」と題する署名用紙が、各町内会を通じて市内全域に回っているが、その署名用紙の印刷や配布にかかった経費を京都市に返還するようにということだった。「署名」は、京都マラソンの当日、市民に対してマイカーの使用を自粛するよう呼びかけるとともに、「マイカー自粛宣言!」に賛同するように求めている。署名の前提に、大渋滞が発生することが既定の事実として挙げられている。「恐れがある」とか「予想される」といったものでなく、大渋滞が発生すると強い調子で書いてある。役所が作った文書で、これほど断定的なものも珍しい。

文面がそうなら、署名の求め方も威圧的だ。行政が、市民に氏名と住所、協力マイカー台数を要求し、それを市政協力委員組織などで回収する。そこには、事実上の強制が発生する。やり方と言い、文面と言い、開かれたランニングの世界とは異質だ。市民ウオッチャー・京都の文章では「本件行為は、当日マイカー使用を自粛するかどうか、さらには市の特定の施策(「歩くまち・京都」のまちづくり施策)に賛同するかどうかを、市政協力委員、町内会機構を通じて、しかも「回覧板」という半ば公開の形で、市民個々に意思表示させるものであり、憲法が保障する思想・信条の自由を侵害するものである」と書いている。監査委員に、署名の実施を決定した職員に対して、費用(署名用紙印刷代、送料など)の返還と、署名の収集や集計・分析などの行為も止めるよう求めている。

行政が市民に、特定の施策への同調を、署名で求めるという手法が許されていいはずがない。渋滞を起こさないための呼びかけならあり得る。署名を求め、市政運営のスローガンに同調を求めるなど、あっていいはずがない。市民がこぞって、わだかまりなくマラソンが楽しめるようにするのは、マラソンという手段を考えだした行政の責任と思うのだが…。

市長、教委委員長へ「署名中止」申し入れ

11月2日、市民ウオッチャー・京都は、門川大作・京都市長と藤原勝紀・市教委委員長にあてた、「京都マラソンに関する署名集め中止の申し入れ」を提出し、記者発表もおこなった。

申し入れ文書は、(1)行政が個別の取り組みや施策について、行政機構を使い、市民に意思表示させることは、憲法が保障する思想・信条の自由を侵害する。(2)不必要な個人情報を収集している。当日のマイカー自粛を求めるためだけなら、市民の個人情報は不要だ。(3)「歩くまち・京都」に賛同することと、当日のマイカー自粛要請とは関係がないの3点を挙げて、署名、アンケート活動の中止を求めている。

10月13日の監査請求に対して、京都市監査委員4氏は、11月18日、実行委員会が口座や財産を持っており、その経費の返還を京都市職員に求めるのは筋が違う(「市とは別個独立の任意団体」「本件請求対象行為は、市長等の行為ではなく」と監査委員は言っている)として監査請求を退けている。

これは、完全な形式論であり、だれもが、マラソンに伴う諸行為を京都市のものと考えているのではないだろうか。特に、本稿で触れてきた渋滞問題は、京都市という行政がおこなっているから問題なのであり、京都市がマラソンの実施主体だからこそ渋滞問題が起こっている問題ではないか。

加えれば、名古屋高裁での、「本件各委員会は(実行委員会は)県と別個、独立したものであるとは認められない」との認定を行って、情報の非公開決定の取り消したという判例もある。

渋滞対策のためのマラソン?

『京都マラソンニュース』Vol3(8月発行。震災後初めて発行された)はさながら交通渋滞特集だ。

〈マラソン開催に伴い、市内で車が全く動かなくなるような大規模な渋滞が発生します〉とニュースは断定する。クルマが全く動かないという大規模渋滞の発生を既定事実であるかのように描いておいて、行政はすでに述べたような貧弱な対策しかとらない。〈当日はマイカーを使用しないようご協力をお願いします〉〈当日はノーマイカーデー〉だけが対策らしき「対策」だ。

京都市が呼びかけるマイカー使用自粛に市民が協力すれば大渋滞が起こらないかというと、そんなことはない。ニュースは〈ご不便をおかけする主な内容〉として6点を挙げる。

・大会開催中、コースとなる道路は通行・横断できない。
・出入り困難な地域の発生。
・バスの運休や路線変更の発生。
・郵便、宅配の遅着、訪問介護が通常通りに行われない。
・市内全域で大規模な渋滞が発生し、移動が困難になる、などがそれ。

要するに、渋滞の発生で、数時間、市民生活が大きな困難を抱えるということだ。

「当落発表」の遅れが重なる

10月29日付各紙は、《〈京都マラソンの当選通知を延期〉来年3月11日に京都市で開催する京都マラソン参加者の当選通知について京都市は28日、予定していた10月下旬から11月25日以降に延期すると発表した。事務処理の遅れのためとしている》という記事を載せている。「京都マラソン2012」のHPにも、「当落結果発表につきましては、事務局の事務手続きの遅れにより、11月25日(金)頃、通知させていただくこととなりました」とだけ書かれている。

なぜ、どうして当落結果の発表が1カ月も遅れるのかが、発表文からはわからない。ちなみに9月20日に申し込みは締め切られている。確かに11月25日に当落は申込者に通知されたが、延期になった事情は不明のままであり、ランナーの不安を掻き立てた。

京都マラソン2012は、「交通問題」「渋滞問題」という難問を抱えている。マラソンランナーや市民とかかわりのないところで、京都市はマラソンスタート前に重大な失敗をしてしまった。