観光都市・京都の実情を探る


連載第97回 『ねっとわーく京都』2012年10月号掲載

豊田 陽(自営業)

■ヴェネチアの現状

先日、イタリアのヴェネチアを訪れた。水の都として世界的に有名な観光地だが、ここ数年、訪れる観光客の増加がさまざまな社会問題を引き起こしていた。新興国の経済発展によって中国やインド、ロシアなどからヴェネチアに団体客が訪れるようになったのだが、その一方で交通渋滞や混雑、騒音、ゴミの散乱あるいは治安の悪化などの問題が起こっていた。また思うほど観光客がお金を落とさない(消費しない)ので観光客の増加にもかかわらず、経営難のレストランやブティックも多かった。このような増えすぎた観光客が引き起こす問題はニューヨークやパリでも起こっている。パリに行ったことのある人ならエッフェル塔やヴェルサイユ宮殿に入るため、混雑の中を長時間ならんでうんざりした経験を持つ人は多いだろうと思う。

■5千万人は本当か?

ところで京都市の現状はどうだろうか。たしか2、3年前、京都を訪れた観光客(入洛観光客)が年間5千万人を越えたという話を聞いたことがある。

今年(2012年)の7月9日に発表された最新の「平成23年 京都観光総合調査」(注)によると「年間宿泊客数は1087万人」となっていた。

一方、入洛観光客数は、その動向のみの発表で、今年は昨年の数字が発表されていない。

実は観光庁発足後、平成22年4月から国は全国統一の「観光入込客統計に関する共通基準」による観光調査の導入を推し進めている。それまでは各都道府県がばらばらの基準で数字を発表していたのだから「観光立国」を標榜する以上、この共通基準を使うのは至極当然のことだ。

ところが京都市の場合は「年間1万人以上の観光地点が多数存在する」、「祇園祭をはじめとする街中での催事取扱いが統一基準と整合性がとれない」等の理由で「現在も引き続き観光庁と協議しています」(7月9日付京都市観光局観光MICE推進室のプレスリリース)という状態が続いている。

この新しい基準では出張やビジネスで訪れた人も「ビジネス客」としてカウントするので、本当なら観光客数は増えるはずだが、新基準で調査してみると、京都市の場合、逆にこれまで市が独自に調査し発表してきた数より大幅に減ってしまうのではないだろうか。

昨年の宿泊客が年間1千万人として(この数字はほぼ確かだろう)残り4千万人前後も日帰りで京都市に来ているだろうか? 1日あたり10万人だ。

うがった見方だが、入洛観光客数5千万人の実績、そしてそれを基にした現在の観光振興策の「大前提」が崩れてしまうので、京都市は曖昧なまま発表できないのではないだろうか。

■市民の豊かさに結びつかない。

ところで観光客の増加に目を奪われがちだが、その一方で、いくら観光客の数が増加し、観光客の消費する金額が増えたとしても、それが京都市民の豊かさに結びついていないという切実な問題がある。

京都市の発表では平成12年の入洛観光客数は約4千万人、8年後の平成20年には5千万人達成とあるが、その一方で京都市の統計を閲覧すると「宿泊業・飲食サービス業」に従事する人の数は8年間で、ほぼ横ばい。京都市内の労働人口の10%前後にすぎない。

また労働人口が横ばいなら、それらの職業に従事する人の所得が増えているかというと所得もほぼ横ばい。つまり観光客が増えても、それが必ずしも新しい雇用や給料のアップに結びついていないという悲しい現状がある。

京都市内の旅館やホテルを見ても、最近、新しく開業するのは外資系か全国にチェーン展開しているようなところばかりだ。観光客を増やしても外資や東京資本に吸い上げられているというのが実情だろう。昨年行われた京都マラソン。新聞紙上では経済波及効果が数十億円あったと書いてあったが、その通りだと実感できた人がどれくらいいただろうか。まったく同じ構図だと思う。

とにかく京都市は国の新基準による数字を発表し、また観光客と京都市民が共に古都のよさや豊かさを実感できるような施策に取り組んでもらいたい。

注「平成23年 京都観光総合調査」は京都市のホームページで閲覧できる。町づくりや町おこしの参考資料として非常に優れていると思う。興味をお持ちの方にはぜひ一読を薦めたい。