公共事業を大企業の技術実験の場にしてよいのか──焼却灰溶融施設建設をめぐって


連載第142回 『ねっとわーく京都』2016年11月号掲載

大河原 としたか(弁護士)

2016年5月27日、京都地裁は、京都市伏見区醍醐にある東部山間埋め立て処分地(エコランド音羽の杜)で建設が計画されていた、ごみ焼却灰溶融施設をめぐって、京都市と住友重機械工業(住友重工)との間で争われていた訴訟で、京都市と住友重工のいずれの請求も棄却するとの判決を言い渡しました。

この判決に対しては京都市が控訴しており、今後、大阪高裁で審理が行なわれることとなります。なお、この判決の内容や、契約解除をめぐる京都市と住友重工とのやり取りについては、『ねっとわーく京都』2016年9月号で、井坂博文市会議員が詳細なレポートを掲載しておりますので、そちらもぜひご参照下さい。

巨額の税金を投入したのに動かない焼却灰溶融施設

この訴訟では、京都市から住友重工に対して、①焼却灰溶融施設の解体撤去もしくは解体撤去費用(約18億円)、②施設整備のために住友重工以外の会社に支払った工事代金などの費用(約68億円)の賠償、③すでに住友重工に支払った工事代金(約99億円)の返還ないしは賠償が請求されていました。

一方で、住友重工から京都市に対しては、工事代金の残代金(約14億円)が請求されていました。つまり、工事代金のうち約85%以上がすでに住友重工に支払われていたことになります。しかし、この焼却灰溶融施設が稼働する目処は一切ないのが実情です。

ここで、2005年3月に京都市と住友重工との間で交わされた建設工事請負契約書を見てみますと、当初、工期は2009年3月末とされていました。その後、2度にわたって工期の延長が行われましたが、それでも2010年5月末には工事は完成する予定となっていました。

しかしながら、2009年12月から開始された試運転において、トラブルが相次ぐこととなりました。①2010年2月には耐火レンガの損傷が発生し、②同年4月には排水から基準値の42倍ものダイオキシン類が検出されました。

この時点で、京都市は当初の予定であった2010年6月からの本格稼働の延期を発表せざるを得ませんでした。その後、住友重工は、有識者を含むダイオキシン類対策チーム会議を設置し、焼却灰溶融過程におけるダイオキシン対策の追加や、排水処理設備の増設や処理方式変更などの対策案が示されることとなりました。

対策案を踏まえて、2011年5月から再び試運転が開始されましたが、③同年7月にはダストコンベアの詰まりが発生し、④同年10月と11月には合計三度に渡ってダストのかたまりが冷却装置に落下する事故が発生し、作業員が負傷する事態にまで至りました。

この事態を受けて、住友重工は、再度プラントの総点検を行うこととなり、2012年7月、京都市に対して、総点検の結果と対策案を示し、引き渡し期限を2013年8月末と定めた書面を提出しました。そして、2013年5月から三度試運転が開始されました。

しかし、同年6月、今度は、⑤溶融炉内でスラグと未溶融物を分離する部分にダストが堆積し、試運転は中断されることとなってしまいました。住友重工は、このトラブルに対して、分離部の形状変更と堆積物を払い落とす装置の設置で対処するとの案を出しましたが、京都市はこれを受け入れず、住友重工に契約解除を通知するに至りました。

その結果、すでに167億円を投じたごみ焼却灰溶融施設は、一度も稼働することなく解体される見通しとなっています。

税金を使った壮大な実験場

契約解除を通告した京都市の通知書に対して、住友重工は回答書の中で「弊社としては、完成に向けてベストを尽くす機会を奪われたまま解除されることは、到底受け入れることはできません」と回答しています。

しかし、京都市民の一人としては、この回答には「ちょっと待てよ」と言いたい気分になります。住友重工は請負契約締結から10年もの間、約99億円も受け取っておきながら、これまではベストを尽くしてこなかったのですか、と。

住友重工は、この間、ダイオキシン対策として焼却灰溶融過程での追加対策や排水処理設備の増設や処理方式変更を行っています。また、分離部へのダスト堆積についても、分離部の形状変更や追加装置の設置を行うとしています。そうであれば、当初の設計や計画そのものが不十分なものだったのではないか、実用化するには不完全な技術だったのではないかと疑わざるを得ません。

焼却灰溶融施設をめぐっては、1997年、旧厚生省がダイオキシン対策としてごみ焼却施設に焼却灰溶融施設を設置する方針を打ち出し、また、溶融施設の付設をごみ焼却施設整備にあたっての補助要件としたことから、公共事業としての市場が急速に拡大することとなりました。そして、その市場に参入しようとする企業がそれぞれ技術開発を行ってきたことから、溶融方式も各社ごとに差異があります。

今回、焼却灰溶融施設の建設にあたってはロータリーキルン方式という溶融方式が採用されました。他の自治体のこれまでの採用実績を見てみると、ロータリーキルン方式を採用した例はごく少数で、しかも、この方式を用いているのはほぼ住友重工だけという状況です。加えて、住友重工がこれまで他の自治体に納入したロータリーキルン方式の溶融施設を見ると、今回、京都市で建設しようとした溶融施設よりもごくごく小規模の処理能力のものが中心です。

住友重工としては、ロータリーキルン方式での大規模ごみ焼却灰溶融施設を見事に完成させ、その実績を持って、他の自治体へも売り込みに行きたいとの思いもあったかもしれませんが、トラブル続きという結末となりました。

この一連の状況を見ると、多額の税金を投入して壮大な技術実験が行われた結果、実用化の目処が立たないことが分かっただけだったのか、との感想を抱いてしまいます。

市民にツケを押しつけるな

焼却灰溶融施設の施工業者を選定するにあたっては、京都市による競争入札が行われました。競争入札には、住友重工を含めて8社が応募し、①提案評価点数、②工事価格、③維持管理経費の3点で落札者(住友重工)が選定されました。8社の中で、住友重工は、①提案評価点数が最も高く、②工事価格は2番目に安く、③維持管理経費が最も安い、という内容で、焼却灰溶融施設の建設工事を落札しています。

結果としては、住友重工の(少なくとも当初の)提案内容では、求められる水準の焼却灰溶融施設を建設することはできなかった訳ですが、そのような提案に最も高い評価点数がつけられたのはなぜなのでしょうか。

また、全国的に見れば、焼却灰溶融施設自体、維持管理費用の高さやCO2排出による地球温暖化対策への逆行という側面から、休止や廃止に追い込まれている施設が少なくありません。環境省からは、2010年3月、補助金を受けて建設された焼却灰溶融施設を「処分」(廃止・休止)しても一定の要件を満たせば補助金は返さなくてよいという趣旨の通知が出されており、その一方で、廃止・休止する施設の多さに会計検査院から指摘を受けるほどになっています。

このような状況の中で、度重なるトラブルが続き、建設計画を撤回する機会は何度もあったにもかかわらず、焼却灰溶融施設の建設に固執し続けた京都市政の責任は極めて重大だと言わなければなりません。この間、家庭ごみのゴミ袋が有料化され、高すぎるゴミ袋代が京都市民の大きな負担となっている一方で、そのお金で南部クリーンセンターに展望台の建設を計画するなど、ムダな事業に公金を投入しようとしていることに市民から怒りの声が上がっています。

焼却灰溶融施設にかかった費用についても、決して市民にツケをまわさせてはなりません。