住民訴訟勝訴後の諸問題


連載第65回 『ねっとわーく京都』2009年12月号掲載

塩見 卓也(弁護士)

地方自治法242条の2第12項には、住民訴訟において住民側が勝訴した場合に原告となった住民が地方公共団体に対し相当と認められる金額の弁護士報酬費用を請求することができる旨が規定されています。この住民訴訟勝訴の場合の弁護士報酬費用につき、住民訴訟の結果、どんなに多くのお金が市に返ってきても、京都市は住民に対し190万円までしか弁護士費用を支払わないという態度を示してきたという問題については、本誌08年2月号12月号のこのコーナーで述べました。

08年12月号では、この問題につき裁判所は、例えばポンポン山事件住民訴訟(約26億円の勝訴判決。京都市は約8800万円を回収)では、第1審、第2審とも弁護士報酬として1000万円を支払うようにとの判決を出し、市原野ごみ処理施設談合事件住民訴訟(住民側勝訴判決確定により、川崎重工は京都市に約24億円を支払った)では、第1審にて3000万円の支払いを命ずる判決が出されたということも書きました。そして、09年4月23日、宇治市の住民訴訟事件(1億3000万円の勝訴判決。宇治市は9500万円を回収)に関し、この問題の争点の中心部分に決着をつける最高裁判決が出されました。

これら訴訟の争点の中心は、住民訴訟勝訴による経済的利益が「算定不能」であるとして、どんなに沢山のお金が京都市に戻っても経済的利益を800万円とみなし、その金額を基準とした弁護士報酬しか支払わないとする解釈が、地方自治法242条の2第12項の解釈として正当なものであるかという点にありました。住民訴訟に限らず、一般的に、訴訟が終了した場合の弁護士報酬額は、得られた経済的利益を基準に定められます。京都市は、住民訴訟勝訴の場合に得られた利益が「算定不能」だから190万円までしか支払わないと主張してきたのです。

京都市をはじめとする地方公共団体が、実際には住民訴訟のおかげで多額の金銭を返還してもらっているにもかかわらず、経済的利益を「算定不能」とする論拠は、端的に言えば、住民訴訟の訴え提起の段階では請求する金銭の額がどれだけ多くても訴状に貼るべき印紙額(通常、訴訟の場合には、請求する金額の大小に応じた印紙を貼らなければならない)を算定するための基礎となる訴額は「算定不能」とみなすことになっているので、実際に住民訴訟勝訴で市に金銭が入った段階でも、「算定不能」として扱うべきだという点にあります。

このような行政側の解釈の問題点は、過去のこの連載でも触れましたので詳しくは述べませんが、このような解釈がまかりとおった場合の一番の問題点は以下の点にあると思います。すなわち、訴訟を起こしても行政側の協力が期待できない住民側が12年以上闘ったポンポン山事件や、7年以上闘った市原野談合事件のように長年にわたる訴訟活動の困難を乗り越え勝訴判決を得たとしても、190万円程度の弁護士報酬のみしか受けられないのであれば実費にも満たず、住民訴訟は事実上原告住民と弁護団の「ボランティア」となってしまう(しかも、そのボランティアによって行政のみが潤うことになる)という点です。これでは、今後住民訴訟で行政の不正支出を正していこうという人は続かなくなりますし、ひいては住民自治の観点から住民訴訟によって地方公共団体の財政支出をチェックしていこうという地方自治法の趣旨が損なわれてしまうことになります。

この点、最高裁は、住民訴訟勝訴の場合の弁護士報酬額につき、「当該訴訟における事案の難易、弁護士が要した労力の程度及び時間、認容された額、判決の結果普通地方公共団体が回収した額、住民訴訟の性格その他諸般の事情を総合的に勘案して定められるべきものと解するのが相当である」と判示し、行政側が言い続けてきた「算定不能」論を完全に却ける判断を行いました。具体的金額をいかに算定するかについてはまだまだ不明確な点もありますが、少なくとも「算定不能」説は完全に却けられ、他方「判決の結果普通地方公共団体が回収した額」を重視すべきであることも明らかにされたことは非常に大きな前進といえます。この判決の前日には、大阪高裁にて市原野の事件につき弁護士報酬を5000万円に増額する判決も出ており、弁護士報酬費用を過小評価する考え方は完全に否定されたといえるでしょう。

ところが、近時は新たに住民訴訟の趣旨を損なう別の手段が多くの地方公共団体で採られるようになってきております。すなわち、住民訴訟で住民側が勝訴する判決が出ても、その判決が確定しない間に、判決で認められた金額につき議会で債権放棄の議決を採るというものです。このような手法は、違法支出につき地方公共団体の首長の賠償責任が認められたような事例で、議会の多数派がその首長の与党である場合によく見られます。まさしく「お手盛り」というべき不当な手段であるというべきです。

地方議会には幅広い自律性も認められているので、現行法上、必ずしもこのような議決が違法と認められるとは限りません。しかし、違法とならない可能性があったとしても、不当であることは明らかです。国は、このような不当な議決をすることができないよう法改正を行うことも検討しています。

幸い、京都ではまだこのような不当な議決が行われた事例はありません。しかし、多くの地方公共団体がこのような手段を採っていることからして、京都でこのようなことが行われないよう、しっかりと声をあげていく必要はあると思います。