連載第68回 『ねっとわーく京都』2010年2月号掲載
中村 和雄(弁護士)
昨年(2009年)の11月27日、大阪高等裁判所が一つの判決を言い渡しました。神戸市に対して、神戸市長である矢田立郎に対し、総額55億3966万8080円の賠償を請求することを求めた判決です。市の外郭団体へ派遣した職員の人件費を市が支出したのは違法であるとして、住民団体が市に対し市長らに損害を賠償することを求めた住民訴訟の判決です。金額が極めて高額なことには驚きますが、かつて「市民ウォッチャー・京都」が手掛けた京都市同和経営指導員補助金返還住民訴訟事件(京都市が同和経営指導員を京都府商工会議所に派遣したかたちにし派遣職員の給与を肩代わり支出していた事件)でも勝訴しており、目新しい判決というわけではありません。しかし、この判決については、高裁判決に至るまでに信じられない驚かされる事実がありました。
住民団体が神戸市に返還すべきことを求めた補助金等の支出は、平成17年18年分ですが、住民団体が請求した住民監査請求を監査委員が却下したので、住民団体が神戸地裁に住民訴訟を提起したのです。そして神戸地裁は、今回の大阪高裁と同様、住民の請求を認めて神戸市に対し神戸市長らへの返還請求をせよと認めたのでした。
神戸市が控訴したため、大阪高裁で審理が続けられ、昨年1月21日弁論が終結し、判決言渡期日が3月18日と指定されました。
地裁判決と同様の判決が出されることを危惧した神戸市は、ここで信じられない行動に出ました。2月20日、神戸市は神戸市議会に、本件権利の放棄を含む公益的法人等への職員の派遣等に関する条例の一部を改正する条例を提出しました。そして、神戸市議会は何ら十分な調査もせずきちんとした審議もないまま、改正条例を可決し、本件権利を放棄する旨の決議をなしました。神戸市は、3月4日に弁論再開の申立てをし、裁判所は、3月11日弁論を再開する旨の決定をしました。
こうした経過を辿って、本大阪高裁判決が言い渡されたのでした。神戸市は、神戸市議会の決議によって、すでに賠償請求権は消滅したとして、高裁判決は勝利できると考えていました。
しかし、大阪高裁判決は神戸市の意に反するものでした。大阪高裁判決は裁判官の神戸市と神戸市議会に対する怒りがはっきりと現れたものになっています。判決は次のように述べます。
「住民訴訟の制度が設けられた趣旨、一審で控訴人(神戸市)が敗訴し、これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと、本件権利の内容・認容額、同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の神戸市の財政に対する影響の大きさ、議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく、放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば、本件権利を放棄する議会の決議は、地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し、損害の回復を含め、その是正の機会を放棄するに等しく、また、本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって、地方自治法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず、上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は、議決権の濫用に当たり、その効力を有しないものというべきである。不当利得返還請求権等の放棄の可否は、住民の代表である議会の良識ある判断に委ねられているとする考えもあるけれども、住民訴訟の制度が設けられた趣旨は、上記のとおり地方公共団体が十分に機能しない場合に住民がこれらに代わって提訴するものであることに照らし、直ちに採用することはできない」
本来行政のチェックを果たすべき議会が、裁判所によって違法であることが明確にされた支出について、行政と一体となってその違法性を隠蔽しようとしたのです。議会の自殺行為です。さすがに裁判所はこれを許しませんでした。神戸市議会で条例案に賛成した議員は、議員の職責に反する行動をとったのであり、市長とともに辞職すべきです。
現在、議会や監査委員が行政をチェックするという本来の職責を十分に果たしているとは言えません。そればかりか、今回のようにとんでもない議会さえ出現しています。京都の議会が神戸市議会のようなどうしようもない議会にならないように、しっかりと監視していきましょう。