「京都府職員メール問題」をどう見るか


連載第75回 『ねっとわーく京都』2010年10月号掲載

大河原 壽貴(弁護士)

このレポートのタイトルにも使っている「京都府職員メール問題」という言葉は、京都府がこの問題について用いている名称です。しかし、この名称では、いったい何がどう問題なのかよく分からないのではないでしょうか。この問題を正確に表現しようと思ったら「京都府知事選における京都府幹部職員による選挙動員メール問題」くらいの名称をつけなければなりません。「京都府職員メール問題」などという名称を付けていること自体、京都府がこの問題を矮小化して捉えていることの現れではないでしょうか。

前置きが長くなりましたが、この「京都府知事選における京都府幹部職員による選挙動員メール問題(以下、長くなりますので「メール問題」と略します)」とは、(2010年)4月11日に投票が行われた、先の京都府知事選挙において、最終盤、京都府の前知事室長から、京都府庁の各部の副部長や各広域振興局の企画総務部長など、19名の幹部職員に対して、山田知事の街頭宣伝への対応や動員を指示したメールが送信されていたという問題です。

問題となったメールは、4月8日木曜日の午前10時19分に送信されています。そして、その内容は、「(1)4月10日(土)の日程。振興局、大学法人については、電話した上でファックスします。本庁各部局は、お手数ですが、副部長または主管課長さんが取りに来て下さい。①〜⑩の街頭演説箇所への対応、及び⑫四条河原町については特に積極対応。(2)4月9日(金)12時10分から、山田知事が府庁東門で街頭演説。本庁については信頼管理職等で最大対応。(3)今回で、情報提供は終了します。メール及びペーパーは、本日中に完全消去。以上です。」というものでした。

さらに、上記のメールを受けて配布されたペーパーは、「ラストサタデー(京都市内)統一行動計画」との表題で、山田知事の知事選最終日(4月10日)の街頭演説の時間と場所(桃太郎行動を含めて12箇所)が一覧表になっており、それぞれの場所の動員数や旗・メガホンの数などが詳細に記載されています。

このメールをどう評価するかについてはいろんな見かたがあると思いますが、私が着目したのは次の三点です。

まず第一に、京都府庁の中では、組織的に現職知事の選挙応援行動が行われていたということです。知事室長の指示で、その組織下にある副部長などの管理職が山田知事の街頭演説への参加や動員要請が行われていたわけです。

第二に、「今回で、情報提供は終了します。」との表現です。指示メールは1回だけではなかったはずです。

第三に、「メール及びペーパーは、本日中に完全消去。」と「信頼管理職」という表現です。発信者である前知事室長は、このメールでの指示が違法であったことを認識していたことを示しています。だからこそ、「本日中に完全消去」と証拠の隠滅を指示し、わざわざ「信頼」管理職として、秘密を守れる人だけに指示をしようとしたわけです。

「メール」についての個人的な感想

この「メール問題」、公職選挙法で禁止されている公務員の地位利用行為にあたるなど、法律上の問題点があるわけですが、それ以前に、「メール」というツールについて、私が個人的に思ったことがいくつかあります。

まず1つめは、「本日中に完全消去」しなければならず、「信頼」できる管理職だけに指示をするような、まさに機密文書をメールで送るんですか?という疑問です。京都府の行政事務支援システムのメール機能を用いたと言うことのようですので、外部とは接続されていないのではないかと思われますが、そうだとしてもメールで機密文書を送ること自体、およそ信じられないのです。

私は弁護士をしていますので、携帯電話のメールを含め、送受信されたメールを証拠にして事実関係の立証をすることがしばしばあります。それだけ、メールというのは“足の着きやすい”、証拠として残りやすいものなのです。これを送信した前知事室長は、それだけ脇が甘くなっていたわけで、「ばれるわけがない」と高をくくっていたのか、組織的な選挙動員が日常的に行われていて慣れきってしまっていたのか分かりませんが、私からすれば信じられないことなのです。

そして、もう1つは、後で述べる調査委員会報告とも関連しますが、この「メール問題」が発覚してから京都府がシステムのサーバーの確認作業を行ったところ、「4月8日付けの送信メールが、受信者のうち1名の『受信トレイ』に、他の1名の『削除済アイテム』に、それぞれ保存されていたことが確認された」だけとされている点です。他に送信された(であろう)メールなどは本当に残っていなかったのだろうか?という疑問です。

調査委員会報告では、京都府の行政事務支援システムのメール機能のシステムの詳細は明らかにされていませんので、確かなことは言えませんが、通常、メールはメールサーバーを通じて個々のPCとやりとりされますので、サーバーには送受信されたメールのデータが残ります。また、個々のPCのハードディスク内にも送受信されたメールのデータが残ることになります。

この点について、調査委員会報告では「京都府の場合、メールの件数が膨大で短期間のうちにデータが次々と上書きされてしまうこと等から、削除データを復元することが極めて困難であった」とサーバーについては言い訳されていますが、それ以上に個別のPCのハードディスク内を調べたかどうかについては何の言及もされていません。メールデータの調査方法や、調査に用いた技術などについては、もっと明らかにしていただかないと、本当に調査を尽くしたのかどうか全くわかりません。というより、この調査報告書のメールの調査の箇所(報告書の最初のページ)を読んで、私は、京都府はまじめに調査をするつもりはないんだな、との感想を持ちました。

調査委員会報告をどう見るか

そして、京都府は「メール問題」が明るみになった3日後には「京都府職員メール問題調査委員会」を設置し、その後3回委員会を開催して、調査委員会報告を取りまとめましたが、この調査委員会報告は極めて不十分なものと評価せざるを得ません。

まず、何より、調査委員会は「外部委員による調査」を行うという建前で設置されたはずなのに、メールの調査も関係職員へのヒヤリングもすべて京都府の職員が行っているのです。

府職員「メールサーバーを調べましたが、これだけしか見つかりませんでした」
府職員「メールを送った前知事室長に話を聞きましたが、問題ないと考えて送った、と言っています」
調査委員会「ああそうですか。その話を前提にしたら、悪質かつ組織的なものとは認められませんね。京都府自らは告発する必要はないでしょう」

と、こんな感じです。何のための「外部委員による調査」なのでしょうか。調査の中で最も重要と言える事実関係の調査の部分を京都府の職員が行っているようでは、内輪のお手盛り調査と言われても仕方がないのではないでしょうか。

そして、調査自体の中身も全く不十分です。

まず第一点目は、先に述べたように、この問題の直接の証拠であるはずのメールの調査が尽くされたのかどうか全く判然としない点です。メールの調査については、①行政事務支援システムのメール機能について、そのシステムについて一通りの説明を加えた上で、②メールサーバー及びそのバックアップサーバー(もしくはバックアップ用のハードディスク)、送受信者の個別PCのハードディスク内など、問題となる箇所を広く調査対象とし、③調査方法についても、ただ漫然とチェックするだけではなく専門の技術者に依頼してデータの復元を試みるなどして初めて十分な調査を行ったと言えるのではないでしょうか。

第二点目は、関係職員のヒヤリングが全く不十分な点です。調査委員会報告によれば、ヒヤリングの対象となったのは、メールを送信した前知事室長と、メールを受信した19名の幹部職員だけです。メールの対象となった部署の他の職員に対する聞き取り調査が行われなければ、組織的な選挙運動が行われたかどうか明らかになるはずがありません。しかも、メールを受信した19名のうち8名が、ヒヤリング調査において、問題のメールを受信した後「部内の管理職に街頭演説の日時・場所だけを参考に伝え、参加の要請は行わなかった」、「上司等に対してのみ、街頭演説の日時・場所だけを参考に伝え、参加の要請は行わなかった」と答えているのです。少なくともその8名の部署については、全職員へのヒヤリングを行って、本当に組織的な選挙動員がなされなかったかどうか調査してもよかったはずです。これをしないのは、まさに「くさい物にふた」と言うほかありません。

ちなみに、メールを送信した前知事室長は、ヒヤリング調査に対して、メールを送信した理由を「現職候補者の再選を確信していたので、候補者が訴える施策を迅速かつスムーズに具体化するためには、初登庁後、直ちに6月補正予算の編成作業に着手する必要があると考えた。そのためには、是非、多くの府職員が選挙期間中の街頭演説において、候補者の目指す施策の考え方や詳細を直接聞いておいてもらうことが重要だと考えた。」と述べています。街頭演説を聞いたら補正予算の編成がスムーズに行くとか、あり得ない…。言い訳をするにしても、もう少しましな言い訳をしたらいいのに、と思います。

幹部職員の違法行為を許すな

この「メール問題」の本質は、京都府庁内において、幹部職員が組織的に、しかも半ば公然と現職知事当選に向けた選挙運動をしていたという点にあります。公務員であっても、職務を離れたところで政治活動の自由が認められなければならないことは当然ですが、その地位を利用して選挙運動がなされていたと言うことになれば、まさに違法行為であり、本当に重大な問題です。

安易な幕引きが行われないように、そして、再び同じことが起こらないように、京都府民としてきちんと監視していかなければなりません。