いったい誰が書いたのか? 二転、三転、京都市教育委員会の混迷


連載第82回 『ねっとわーく京都』2011年5月号掲載

中村 和雄(弁護士)

京都市教育委員会が2008年2月の市長選挙直前に、当時教育長だった門川市長のインタビュー記事が掲載された本『教育再生への挑戦』(PHP研究所)を1400冊購入し、市内小中学校のPTA関係者などに無償で配布した事件について、京都地裁で審理が続いています。

これまでに15回の期日が終了しました。しかし、謎は深まるばかりです。被告である京都市の主張が、裁判開始段階から180度変わろうとしているのです。

これまでに、京都市教育委員会の責任者であったS氏、PHPに依頼されて原稿を作成したとされたフリーライターのAm氏、この本の出版を企画したとされる門川市長と江口参議院議員(当時PHP研究所社長)、そして、PHP研究所側の責任者であったAn氏、5人の証人尋問を終えました。しかし、各証人の証言は明らかに矛盾するのです。裁判所もあまりにも食い違う証言に頭を抱えるといった状態です。

もっともこれまでの審理の中で、明らかになった事実もいくつかあります。ご紹介します。

まずは、この本の目玉でもあるはずの「門川大作教育長に聞く」として掲載された大きな顔写真入りのインタビュー記事がまったくの作りものであったという点です。

門川氏自身が法廷で実際はインタビューを受けていなかったことを認めました。いかにもインタビューに答えているような写真を掲載し、わざわざ「平成19年10月29日 京都市役所にて」との注書きまで入れて架空のインタビューをでっち上げていたのです。

門川氏は架空のインタビューが編集されたものにゲラ段階で目を通したことも認めています。江口証人は、「こんなことはよくあることだ」と開き直りの証言をしました。江口氏は、さらにベストセラーなどは人為的に作っているなどと出版界の暗部の実態も証言しました。

そういえば、今回の本のライターとされたAm氏も聞かれもしないのに、自分が今話題の○○氏の本の真の執筆者であると証言しました。いやはや、出版界ははちゃめちゃな世界であることがよくわかりました。出版界の「常識」は私の常識とは違うようです。とはいえ、教育について語る本で、ありもしないインタビューをあたかも本人が語っているように作り上げて掲載するのはやはり詐欺的と評価せざるを得ないし、教育に携わる者としては不見識と言わざるを得ないと思います。

ところで、この本は一体誰が書いたのでしょうか。じつは、この本は「PHP編」とされ、著者は掲載されていません。

当初の企画では、門川氏と生田教育企画官(当時)の共著ということだったのですが、PHP研究所から送られた証拠によれば、2007年11月15日に著者を両名の共著から「PHP研究所編」に変更する旨PHP研究所において決済されたことが判明しました。しかも、同証拠文書には「先方の依頼により、下記のとおりに変更させて頂きたく存じます」との担当者の依頼文が記載されているのです。

ここで、「先方」とは京都市教育委員会のことです。そして、京都市はこれまで、この本は、PHP研究所がライターを使って取材・原稿作成をしたのであって、教育委員会はあくまで取材に協力してきたにすぎないとしてきました。そしてPHP研究所のライターがAm氏だとしてきたのです。

ところが、証言に立ったAm氏は、自分が行ったのは言い回しや字句の手直しにすぎないこと、出版作業は中断し自分は今回の出版についてまったく知らなかった、と証言したのです。京都市の筋書きが崩れ落ちたのでした。

そして今回登場したPHPのAn証人。そもそも教育委員会がT氏というフリーライターを雇って原稿をつくらせていたと証言しました。T氏の名前はまったくのはじめての登場です。そしてこの本は教育委員会が主体となって作成していたものであることも証言しました。

なぜ、京都市はこれほどまでに自ら積極的にこの本を作成してきたことを隠そうとしたのでしょうか。真実を語って欲しいものです。次回裁判は、5月24日です。