「比例原則」


連載第88回 『ねっとわーく京都』2011年12月号掲載

村井 豊明(弁護士)

「比例原則」をご存知でしょうか。これは、法律用語で、目的と手段の均衡を要求する原則のことをいいます。ドイツにおける警察権の限界論の1つである「警察比例の原則」がルーツです。今日では、(1)手段が目的達成のために適合的か、(2)目的達成のための最小限の手段か、(3)侵害される利益が達成される利益と均衡しているか(狭義の比例原則)、が含まれるとされています。

●京都市職員の飲酒運転‐懲戒免職取消判決(2009年)
2006年8月に福岡市の職員が飲酒運転をして、幼児3名を死亡させるという交通事故をきっかけに、全国各地の自治体や企業で、飲酒運転に対する処分の厳罰化が広がりました。

京都市も、2006年9月1日に「京都市職員の懲戒処分に関する指針」を改正し、飲酒運転をした職員には、免職又は停職処分をすると厳罰化しました。

2006年10月に、酒気帯び運転、通行禁止違反、免許不携帯、自動車登録番号標等の表示義務違反で検挙された京都市職員に対し、京都市長は同年10月10日付けで、当該職員を懲戒免職処分としました。

当該職員は、処分の取り消しを求めて提訴したところ、京都地裁は、2009年6月25日に、懲戒免職処分を取り消す判決を言渡しました。

この判決は、処分を取り消す理由として、(1)人身事故、物損事故を伴っておらず、飲酒運転等による具体的な被害結果はなかった、(2)職務と関係なく、私生活上の行為に付随する行為であり、当該職員は管理職でもないことから社会的影響は比較的少なかったなどを挙げています。

そして、この京都地裁判決は、大阪高裁判決(2009年12月3日)でも支持され、大阪高裁判決は、(1)懲戒免職処分と違反行為との均衡を欠いている、(2)飲酒運転による被害もないことなどを理由としています。

この京都地裁判決、大阪高裁判決は、比例原則からみて、懲戒免職処分は過酷であると判断したのです。

●京都市職員の飲酒運転・懲戒免職取消判決(2011年)
2008年12月に、自宅で知人女性と酒を飲み、車で女性を自宅まで送って、その帰宅中に飲酒運転で検挙された京都市職員に対し、京都市上下水道局長は、当該職員を懲戒免職処分としました。

当該職員は、処分の取り消しを求めて提訴したところ、京都地裁は、2011年9月9日に、懲戒免職処分を取り消す判決を言渡しました。

この判決は、処分を取り消す理由として、(1)酒気帯び運転は悪質性が高いとはいえない、(2)勤務時間外に起きた私生活上の行為である、(3)公務員の質の維持は厳罰化だけで達成されるものではない、(4)処分当時、社会で飲酒運転への非難が高まっていたのは事実だが、懲戒免職はバランスを欠いた処分である、などを挙げています。

この京都地裁判決も、比例原則からみて、懲戒免職処分はバランスを欠いていると判断したのです。

●日の丸・君が代訴訟
教職員が「日ノ丸」に向かって起立しなかった、「君が代」を斉唱しなかったことで、校長の職務命令違反を理由にした戒告処分・再雇用不合格処分・再雇用取消処分の取消を求めた訴訟で、2011年、最高裁は立て続けに合憲・合法の判決を言い渡しました(5月30日、6月6日、6月14日、6月21日、7月4日、7月7日、7月17日)。

その是非の議論は別にして、卒業式などでの「君が代」斉唱時の不起立で停職処分を受けた教員2名が停職処分の取消を求めた訴訟で、一審(地裁)・二審(高裁)は合憲・合法としましたが、最高裁は2011年11月28日に口頭弁論を開くことを決定しました。最高裁が高裁判決を見直す可能性が高くなっています。比例原則からみて、停職処分は過酷である、バランスを欠いているとの判決が言い渡されるのではないかと予測しています。最高裁がこの停職処分を取り消す判決を言い渡せば、大阪府橋下知事の「大阪府教育基本条例」(「君が代」斉唱で3回不起立すれば免職)の目論みは頓挫するのではないかと期待しています。

●京都府警の懲戒処分に関する情報公開訴訟
「市民ウォッチャー・京都」は、現在、京都府警の警察官に対する懲戒処分の量定に関する公文書の情報公開を求める訴訟を行っています。

警察官に対する懲戒処分の結果をみると、比例原則からみて、非常に過酷な処分、非常に甘い処分が見られ、恣意的に処分をしているのではないかとの疑いがあり、懲戒処分の量定理由を求めて情報公開請求をしたのです。

ところが、京都府は、「これを公開すれば、認定された事実関係や量定理由を否定する関係者(これは、京都府警察関係者に限られず、当該事案に利害関係を有する者、マスコミなど、さまざまな者が含まれ、内部努力のみで解消される問題ではない。)から事実調査の担当者に対し圧力や干渉を及ぼすことは容易に想定される」などと主張し、その公開を拒否しているのです。

しかし、マスコミを含め、様々な人たちが懲戒処分の量定に関して、認定された事実関係や量定理由を批判するかもしれませんが、それは行政や社会における比例原則を守る上で重要なことです。また、その批判を圧力や干渉(もっとも、警察に圧力や干渉する人はいないと思いますが)と受け止めて非公開とするのは、言論の自由と民主主義の否定です。

京都府に対し、警察官に対する懲戒処分の量定理由を開示すること、比例原則に則り懲戒処分を適正にすることを強く求めます。