門川氏宣伝本住民訴訟から明らかになったもの


連載第94回 『ねっとわーく京都』2012年6月号掲載

大河原 壽貴(弁護士)

■門川氏宣伝本問題とは

もうすでに4年以上が経ちましたが、2008年、門川現京都市長が初当選を果たした前々回の京都市長選挙の直前に「教育再生への挑戦・市民の共汗で進める京都市の軌跡」という本が、公費によって大量に購入され、京都市立学校や京都市会議員、京都府会議員、京都選出の国会議員(前・元議員も含む)、PTA連絡協議会役員、地域女性連合会役員、京都市生涯学習振興財団役員など多数の個人・団体に配布されたということがありました。

その本の中には、門川氏のインタビュー記事が、写真入りで12ページにわたって掲載され、「共汗」、「堀川の奇跡」、「便きょう会」と言った、門川氏が、京都市長選挙において政策や実績として宣伝していたことと同じ内容が取り上げられていました。このように、門川氏の選挙宣伝となるような本を、税金を使って購入して、選挙直前に配付したことに対して、市民から多数の批判が上がり、617名もの市民が住民監査請求を行うこととなりました。

しかしながら、京都市の監査委員は「市民から疑いをもたれることのないよう、特に慎重に対応すべき」、「政治的中立性を保持すべき行政の行為としては、あまりに不用意であるといわざるを得ない」と述べつつ、市民らの監査請求を棄却しました。そのため、2008年10月、門川氏宣伝本の購入と配付のためになされた公金支出の違法を争って住民訴訟が京都地裁に提起されました。

■3年半に及んだ京都地裁での審理

京都地裁に提起された住民訴訟については、2012年3月に市民らの請求を棄却する判決が出されましたが、3年半に及ぶ審理の中では、監査請求の際には全く明らかにされなかった事実が次々に明らかになりました。むしろ、次から次へと、京都市教委が隠そうとしてきた事実が明らかになっていく中で、審理が長期化したと言うべきでしょう。私自身、提訴当時には、2012年の京都市長選挙までには一定の結論が出るものと考えていたのですが、その予想に反し、地裁判決まで3年半もの期間を要することとなってしまいました。

■隠された執筆者

審理の中で、もっとも注目されたのは、この本は、誰が、どのような経過で制作したものなのかということでした。この本自体を見ると、「PHP研究所編」と表示されており、後書きには編集・取材協力として京都市教委の職員名が記載されていますが、いったい誰がこの本を書いたのかについては全くわからない体裁となっています。

当初、京都市教委は、この本はPHP研究所が取材を行い、もと原稿を含めて作成をしたものであると主張していました。これに対して、具体的に執筆した人を明らかにするよう求めたところ、京都市教委とPHP研究所はフリーライターのA氏の名前を挙げてきました。ところが、法廷でのA氏の証言は、それと全く異なるものでした。すなわち、A氏は、自分はできあがった原稿を読みやすくするために文体を整える作業しかしていないと証言したのです。もちろんA氏は、そのもとの原稿の作成には全く関与していませんでした。A氏の証言により、この本の制作過程については、さらに闇に包まれることとなってしまいました。A氏の証人尋問と平行して、京都市教委の担当職員やPHP研究所の江口前社長、門川京都市長の証人尋問も行われましたが、具体的な制作過程が明らかになることはありませんでした。

これらの証人尋問を受けて、この本の制作過程をきちんと明らかにすべく、PHP研究所側の制作責任者の証人尋問が行われました。その証人尋問で明らかになったのは、この本のもともとの原稿は、京都市教委が依頼した外部ライターT氏が執筆したもので、T氏に対してはきちんとPHP研究所を通じて報酬が支払われていたということでした。つまり、京都市教委もPHP研究所も、もともとこの本の原稿を執筆したT氏の存在をはじめから知っていたのです。

なぜ、京都市教委は、そこまでして自分たちがこの本の制作に当初から関与していたことを隠したかったのでしょうか。それは、最終的にこの本が選挙のために出版されたものであったからであると私たちは考えています。このことは出版に至る紆余曲折を見ても明らかです。

■一度は頓挫した出版計画

フリーライターのA氏は、自分が文体を整える作業しかしていないことだけではなく、自身が2006年12月にその作業を終えた後、翌2007年2月から3月ころにPHP研究所の編集担当者から「出版が止まっている状態である」と電話で連絡を受けたこともあわせて証言しました。

同じ時期、京都市の教育政策、とりわけ、いわゆる「堀川の奇跡」を取り上げた新書「奇跡と呼ばれた学校」(荒瀬克己著、朝日新聞社刊)が刊行され、ベストセラーとなりました。その内容は、京都市教委とPHP研究所が制作しようとしていたこの本の中心的な話題と全くかぶる内容となっていました。まさに、この本は「二番煎じ」の本となってしまったのです。

2007年2月から3月ころの時期から、この本の出版に向けた動きは見えなくなってしまいます。京都市教委の担当者も、PHP研究所の編集担当者も、原稿の内容を確認してもらっていたなどと言いましたが、その具体的な内容については何ら答えることはありませんでした。

そして、2007年8月になって、突然、出版に向けたスケジュールが提示されることとなりました。裁判では、PHP研究所の編集担当者が作成したとされる2007年8月9日からはじまるスケジュール表が提出されました。そのスケジュール表では、PHP研究所側が同年8月になって改めて「リライト」という文章の体裁を直す作業をやり直すことが明確に記載されていました。

つまり、2007年3月ころから同年8月までの間、この本の出版作業は止まってしまっていたと考えざるを得ないのです。そして、出版作業が再開する2007年8月という時期は、桝本前市長の引退と、門川教育長(当時)の京都市長選挙への出馬が噂されはじめた時期と一致します。これが偶然の一致であるとは到底考えられません。そして、冒頭述べた門川氏の写真入りのインタビュー記事も、この時点では具体化しておらず、同年10月になってから、インタビューも行わず、写真も京都市教委の手持ちの写真で作ることとなりました。タイトルの「共汗」という言葉も、同じ時期に用いることが決まっています。門川氏の立候補に向けた動きと平行して進められたことははっきりしていました。

■あまりにずさんな購入手続

京都市教委がこの本を購入するにあたっては、支出を決裁するための書面(支出負担行為書)が作成されなければなりません。書面上、支出負担行為書が作成されたのは2007年10月23日から12月19日までとされていました。しかし、実際の書面作成日は、同年12月21日から翌2008年2月19日であったことが明らかになりました。

京都市教委は、当初、門川氏宣伝本の購入と配布について、京都市長選とは無関係だとする根拠のひとつとして、「購入を初めに決定したのは、門川氏が立候補を表明する前の2007年10月だから、京都市長選挙とは関係ない」と答弁していたのですが、実際に書面が作成されたのは、門川氏が京都市長選に立候補することを表明した後だったのです。京都市教委が、選挙応援の目的を隠そうとしていたことは明らかでした。

■著者割引を利用せず、あえて書店を通じて定価で購入

京都地裁での審理を通じて、この本のもととなる原稿が、京都市教委が委託したライターT氏によって書かれ、その後の加筆や修正も京都市教委によって行われ、PHP研究所は体裁を整えたり、製本のためのデザインをしたのみで、実質的な内容には関与していないことが明らかになりました。このような場合、出版社から直接購入することで著者割引を受けることができます。なお、この本自体は、PHP研究所から京都市教委に直接納入されています。京都市教委は、この本を、2割から、少なくとも1割は割り引いて購入することができたのです。

しかし、京都市教委はそれをせず、あえて書店を通じて購入する形をとり、定価で購入しました。それは、1つは、あくまでPHP研究所が取材して執筆したという建前を取っていたためです。もう1つは、書店を通じて大量に購入することで、その書店で平積みにしてもらったり、ベストセラーとして店頭に掲示してもらったりするためです。実際、この本を購入したとされている書店に対する調査への回答によれば、PHP研究所から書店に対し、ベストセラーとして掲示することを依頼する文書が送られていることが明らかになりました。

■これらの問題点に何ら答えなかった京都地裁判決

2012年3月28日、門川氏宣伝本住民訴訟の京都地裁判決が言い渡されました。冒頭述べたとおり、判決は、市民らの請求をすべて退けるものでした。

京都地裁判決は、まず、この本の出版の目的について、京都市長選における門川氏の宣伝目的であることを認めませんでした。これまで述べてきたように、この本の内容を見ても、この本が制作される過程を見ても、京都市教委が制作過程を隠そうとしてきたことを見ても、門川氏の宣伝目的であることははっきりしていました。しかし、京都地裁第3民事部はこれを認めませんでした。誤った判断と言うほかありません。

また、京都地裁判決は、この本を著者割引で購入できたのに定価で購入したことについては違法であると認めました。しかし、決裁を担当する職員や門川教育長(当時)が、著者割引で購入できることを知らなかったとして、当該職員や門川氏の責任を否定しました。

これまで、京都市教委は、この本と同じように京都市の教育政策に関する本を制作して、著者割引を利用して購入してきた経過があります。この本だけ著者割引で購入できることを知らなかったなどということはあり得ないのです。この点についても誤った判断をしていると言わざるを得ません。

■裁判は大阪高裁へ

このような京都地裁判決の誤った判断を放置することはできません。原告の皆さんや支援をして下さった方々とも協議の上、控訴して大阪高裁での判断を仰ぐこととなりました。大阪高裁では、この本が作られることとなった実態を明らかにして、公正な判断をしていただきたいと思っています。