京都府教育委員会委員の報酬月額制についての高裁判決


連載第98回 『ねっとわーく京都』2012年11月号掲載

塩見 卓也(弁護士)

本年(2012年)2月8日、京都府教育委員会委員に対する報酬支出が違法であるとして、その支払差止め等を求めた住民訴訟で、京都地裁は住民側の請求を棄却しました。その控訴審判決が、8月31日に大阪高裁でありました。判決は、控訴審でも棄却でした。

地方自治体には、教育委員会、労働委員会、選挙管理委員会などの、母体となる地方自治体からある程度独立した形でその所管する特定の行政権を行使する地位を認められる、「行政委員会」というものが設置されています。各行政委員会では、教育委員、労働委員、選挙管理委員などの「行政委員」が、非常勤の公務員として職務に従事することになります。

この「行政委員」については、地方自治法上、日額報酬制によって、勤務日の日数に応じ報酬を支給することが原則とされています。しかし、かつては、ほとんどの地方自治体においては、行政委員の報酬は条例によって月額制とされていました。この月額報酬が、勤務実態に照らし適正といえる金額ならよいのですが、実際には、月額報酬額が勤務実態に比べ極めて高額というべき場合が非常に多かったのです。京都府教育委員については、月額報酬は27万9000円とされています。2010年8月31日付京都新聞によると、2009年度における教育委員の1か月あたりの勤務日数は2.69日であり、教育委員の1日あたりの報酬額は、10万3814円となることが報道されています。

この行政委員報酬の問題については、滋賀県の訴訟が先行事例であり、大津地裁は、例外的に条例で行政委員の報酬を月額報酬とするためには、「その勤務実態が常勤の職員と異ならないといえる場合に限られる」と述べ、支出差止めを命ずる判決を出しました。その訴訟の控訴審でも、その結論は維持されました。

しかし、この滋賀県の事件の判決を、最高裁はひっくり返してしまいました。最高裁は、「当該非常勤職員の職務の性質、内容、職責や勤務の態様、負担等の諸般の事情を総合考慮して、当該規定の内容が同項の趣旨に照らした合理性の観点から上記裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものであるか否かによって判断すべき」であるとし、委員の平均登庁実日数が1カ月あたり1.89日であったとしても、「広範で多岐にわたる一連の業務について執行権者として決定をするには各般の決裁文書や資料の検討等のため登庁日以外にも相応の実質的な勤務が必要となる」こと、「業務の専門性に鑑み、その業務に必要な専門知識の習得、情報収集等に努めることも必要となる」ことなどを理由に、月額報酬制を適法としました。行政委員の「専門性」を過大評価しており、不当判断といえます。

しかし、京都府教育委員会委員の件については、この最高裁の論理をもってしても月額報酬制は違法と判断されるべきといえる実態がありました。

滋賀県の事件をはじめとする全国の同種訴訟では、行政委員本人の証人尋問が行われていないのですが、この訴訟の第1審では、京都府教育委員である畑委員の尋問を行いました。その尋問の結果、畑委員の口から、京都府教育委員会においては委員会での検討事項につき事前に資料が配付されることがないこと、そのために各委員が具体的な事前準備を行うということは全くないこと、各委員が事後に検討対象につき学習会などを開くことなども全くないことが明らかになったのです。しかも、畑委員は、頻繁に委員会を欠席したりもしているのです。尋問においては、「何か事前準備をしているのか」との旨の質問に、「普段から新聞を読むようにしています」という程度の回答しか返ってこない有様でした。

この尋問結果からすれば、最高裁が支出を適法と判断する根拠とした「決裁文書や資料の検討等のための実質的な勤務」や「業務に必要な専門知識の習得、情報収集等」は全く行われていないことになります。したがって、最高裁の考え方をもってしても、住民側勝訴とされるべきといえるでしょう。

ですが、京都地裁は、新聞やインターネットを閲覧しているという程度のことでも、「教育行政だけのためだけではないにしろ、自己がその地位において責任を負う事項について、常にその念頭に置き、日常的に時間があるときに情報を収集していることが認められ」るとし、住民側の請求を棄却しました。この程度のことで「業務に必要な専門知識の習得、情報収集等」を行ったといえるのであれば、それこそ教育委員の職務は、「専門性」など全く必要なく、誰でも務まるものであるといえてしまうでしょう。全く非常識な判断といえます。私達は、教育委員が「業務に必要な専門知識の習得、情報収集等」を行ったといえるのかにつき、大阪高裁が真摯に検討してくれるならば、本件は十分に逆転勝訴が可能と考え、控訴しました。

しかし、大阪高裁は、事実上新たな判断を全く行いませんでした。第1審判決の判示をそのまま変更せず、「前判示のとおり、委員が定例会・臨時会の事前準備・事後検討を一切していないこと、専門家として一般に求められている情報収集をしていないことなど、控訴人らの主張の前提となる事実を認めることはできない」とのみ述べるだけでした。

最高裁は、「業務の専門性に鑑み、その業務に必要な専門知識の習得、情報収集等に努めることも必要となる」から、実際の勤務日以外にも実質的勤務が必要となることを、月額報酬制を適法とする根拠としています。京都地裁も、大阪高裁も、「業務に必要な専門知識の習得」も「情報収集」も行っていない者に対する月額報酬制を適法としてしまっています。このような判断は、最高裁の考え方にも反すると言えますし、このような判断が認められるのであれば、行政委員の報酬を原則日額制とした地方自治法の規定も全く意味のないものとなります。

市民ウォッチャー・京都では、控訴審判決につき上告し、最高裁の判断を仰ぐ方針です。