最高裁は説明せよ!


連載第105回 『ねっとわーく京都』2013年6月号掲載

井関 佳法(弁護士)

4月8日(2013年)、マスコミ各紙は、アメリカの解禁文書により、田中耕太郎最高裁長官が、最高裁に係属していた砂川事件について、アメリカに、事件の進め方やどんな判決を考えているかを報告していた事実が明らかになったと報じました。朝日新聞は、4月14日の社説「米軍と憲法―最高裁長官は何をした」で、評議は適切に行われたのか、司法の独立は守られたのか、最高裁と政府は疑念にこたえなくてはならないと主張しています。

砂川事件とは、1957年7月に米軍立川基地(東京都)の拡張に反対したデモ隊の7人が、基地の敷地内に数メートル入ったことを理由に刑事特別法で逮捕され起訴された事件です。1959年3月30日、一審東京地裁は、伊達秋雄裁判長が、在日米軍は憲法第9条第2項で持たないと定められた「戦力」に該当するため、その駐留を認めることは違憲であり、刑事特別法の適用は不合理として全員を無罪としました(伊達判決)。

砂川事件をめぐる日本政府、裁判所とアメリカのやり取りについては、既に、国際問題研究家の新原昭治氏やジャーナリストの末浪靖司氏らが、アメリカ公文書館で解禁文書(在日米大使館の本国への公電類)を発掘してかなり事実を明らかにしてきていましたが、今回、布川玲子山梨大学元教授がさらに重要な公文書を入手しました。明らかになった事実の概略をご紹介します。

伊達判決の翌日3月31日午前8時(!)、マッカーサー駐日大使(マッカーサー元帥の甥)は、藤山外相と会談し、午前9時からの閣議についての具体的な指示を与えました。

3月31日マッカーサー駐日大使からハーター国務長官への極秘電報、「今朝8時に藤山と会い、米軍の駐留と基地を日本国憲法違反とした東京地裁判決について話し合った。私は、日本政府が迅速な行動をとり東京地裁判決をただすことの重要性を強調した。…私は、もし自分の理解が正しいなら、日本政府が直接、最高裁に上告することが非常に重要だと個人的には感じているとのべた。…藤山は全面的に同意するとのべた。…藤山は、今朝9時に開催される閣議でこのことを承認するように進めたいと語った。」

 その翌4月1日(!)、藤山は前日の閣議の結果を報告しました。

4月1日同上、「藤山が本日、内密に会いたいと言ってきた。…法務省は目下、高裁を飛び越して最高裁に跳躍上告する方法と措置について検討中である。最高裁には3000件を超える係争中の案件がかかっているが、最高裁は本事件に優先権を与えるであろうことを政府は確信している。」

 マッカーサー駐日大使は、政府だけでなく最高裁田中長官とも(!)直接やり取りしていました。

4月24日同上、「外務省当局者がわれわれに知らせてきたところによると、上訴についての大法廷での審議は、おそらく7月半ばに開始されるだろう。…内密の話し合いで担当裁判長の田中は大使に対して、本件には優先権が与えられているが、日本の手続きでは審議が始まった後、決定に到達するまでに少なくとも数か月かかると語った。」

 安保改定が同年6月末から7月初旬に予定されていたため、日程を気にして急いでいました。また、安保改訂反対論を封じるため、全員一致の判決が目指されました。

7月31日、レンハート駐日米主席公使の書簡、「田中は、砂川事件の最高裁判決はおそらく12月であろうと考えている、と語った。…彼は、9月初旬に始まる週から、週2回の開廷で、およそ3週間で終えると確信している。…結審後の評議は、実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶる元になる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている、と話した。」

 さらに1959年11月には、最高裁の田中長官はアメリカと、判決内容について突っ込んだ協議をしていました。

11月6日、マッカーサー駐日大使からハーター国務長官への極秘電報、「…彼は、15人の裁判官全員について最も重要な問題は、この事件に取り組む際の共通の土俵を作ることだとみていた。できれば、裁判官全員が一致して適切で現実的な基盤に立って事件に取り組むことが重要だと田中長官は述べた。…(裁判官のうち何人かは、…厳密な手続き上の理由に結論を求めようとしていることが私にはわかった。他の裁判官は、最高裁はさらに進んで、米軍駐留によって提起されている法律問題それ自体に取り組むべきだと思っているようである。また他の裁判官は、日本国憲法のもとで、条約は憲法より優位にあるかどうかという憲法上の問題に取り組むことを望んでいるのかもしれない。)田中最高裁長官は、下級審の判決が…覆えされるだろう…と考えているという印象だった。こうした憲法問題に伊達判事が口出しするのは全くもって誤っていたのだ、と彼は述べた。」

 こうして最高裁は、12月16日に、在日米軍は憲法9条2項の戦力に違反しない、安保条約のごとき高度の政治性を有する問題は裁判所の司法審査の範囲外にあるとして、伊達判決を破棄する判決を出しました。そして翌年1月19日、新安保に署名がなされたのです。

明らかになった事実は、文字通り司法の独立、国の独立の根幹にかかわります。最高裁は、この問題についてどう考えるのか、明らかにする義務があります。