米国のホワイトカラーイグゼンプション


連載第127回 『ねっとわーく京都』2015年6月号掲載

中村 和雄(弁護士)

今回は、私が日弁連の調査でアメリカに行ってきたので、その報告をします。

本国会に提出されている労働基準法改正法案に登場する「高度プロフェッショナル制度」は、実は米国のホワイトカラーイグゼンプション制度を手本としたものなのです。米国の制度がどのようなものであり、現在どんな問題を抱えているのか、わが国の「高度プロフェッショナル制度」の導入の可否を検討するうえで大いに参考になるので紹介します。

米国で公正労働基準法(FLSA)によって週40時間を超える労働に対しては通常の賃金の5割増の支払いが使用者に義務づけられています。この残業代支払い義務を免れる制度がホワイトカラーイグゼンプションです。1999年時点ですでに制度適用労働者(残業代ゼロ労働者)は、約2553万人(全体の約2割)、そのうち1割近くが年収300万円未満で、収入が多くない者にも広く適用されていました。

2004年改正により、俸給要件は週255ドルから週455ドル(年収換算で2万3660ドル、約283万円)以上に引き上げられたのですが、すでに、俸給労働者(時間給を除く)の89%はこの金額を上回っていました。かえって、改正により、職務要件が緩和され、また、適用基準が曖昧にされ使用者による制度の濫用も増えたため、適用労働者が増加したと評価されています。

2004年改正は、多発していたイグゼンプション適用の該当性をめぐる残業代支払訴訟を抑止することが大きな目的だとされました。しかし、改正後残業代支払請求訴訟はさらに増加しています。改正によって適用基準が緩和されさらに曖昧になったためであると評価されているのです。

現在、労働省において改正作業が進められており、まもなく規則の改正案が公表されることになっています。私たちの質問に対して、労働省のワイルド・デービッド賃金時間局長は、具体的な改正内容については秘密であると回答しましたが、同局長の発言や関係者からの聴取によれば以下の3点について改正がなされるとのことです。

第1に、週455ドルの俸給基準の大幅な引き上げです。第2に、俸給基準の物価連動性の採用です。そして、第3に、職務基準の簡素化・明確化です。米国では、近々制度の改正がなされることは確実です。

使用者に言われて、自分はイグゼンプトだと思ってしまっている労働者が多いのです。とりわけ、ニューヨークなどで働く若年ホワイトカラー労働者は、自分が残業代をもらえるなどということを考えたことがないという者が多数存在するそうです。使用者に該当するといわれれば、それに反して行動することは米国でも難しいのです。

イグゼンプション労働者と非イグゼンプション労働者の労働時間を対比した資料があります。1999年の資料ですが、週40時間内で労働する者が、非イグゼンプト労働者の中では81%であるのに対して、イグゼンプト労働者の中では56%に過ぎません。イグゼンプト労働者が非イグゼンプト労働者に比べて長時間労働を強いられる傾向にあると言えます。

今回の調査において、「日本では残業代をもらえなくなれば労働者はダラダラと残業することがなくなり労働時間が短くなるという見解があるがどう考えるか」との私たちの質問に対して、いずれの聴取先でも「そんな考えは馬鹿げている」と一笑に付されました。「使用者は残業代を払わなくてすむのであればいくらでも残業を命じるのであり、残業代を払わなければならないのであれば残業を命じるのは必要最小限の範囲に限定するのであり、労働者はそれに従わざるを得ない。日本では何という空論を展開しているのだ」と呆れられました。残業代を払わなくて良い労働者は労働時間が長い傾向にあることは、米国の実情からも明らかです。

アメリカではホワイトからイグゼンプション制度の見直しがなされようとしています。わが国は、類似の制度を導入しようとしているのであり、逆方向に進もうとしているのです。人間らしく働くために制定された労働時間規制の再確認がいまこそ必要です。安倍政権のすすめる労働規制緩和法案を阻止していきましょう。