「京都市公契約基本条例」はきわめて不十分


連載第134回 『ねっとわーく京都』2016年2月号掲載

中村 和雄(弁護士)

2015年10月29日、京都市会は全会派の賛成により「京都市公契約基本条例」を可決しました。本条例は、市の説明によれば、「市が締結する公共工事や業務委託等の公契約の発注に関する基本理念その他の基本となる事項を定め、本市及び受注者の責務を明らかにすることにより、市内中小企業の受注機会の増大、公契約に従事する労働者の適正な労働環境の確保、公契約の適正な履行及びその質の確保並びに社会的課題の解決に資する取り組みをより一層推進するために、公契約に関する総合的な条例」です。

90年代以降の「構造改革」路線で、地方自治体では経費削減を目的にした公共サービスの民間委託や低価格の物件調達が広がり、関係する労働者の賃金低下をもたらしてきました。「官製ワーキングプア」を生み出すだけでなく、公共工事の質の低下を招くというところまで問題は深刻化しています。こうした状況を打開するため、適正な賃金の導入を位置づけた公契約条例を求める運動が全国に広がり、賃金規定を盛り込んだ条例が千葉県野田市を先駆けとして全国で制定されてきました。

そもそも公契約条例とは何でしょう。国や地方自治体が行政目的を遂行するために民間企業や民間団体と締結する契約を「公契約」と呼んでいます。公契約には、国や地方自治体が民間企業に発注する建設工事や公共施設の清掃などの業務委託など多くの公共サービスが含まれています。国や地方自治体が、公契約を締結する際に,民間企業や民間団体に対し、そこで働く労働者や下請け労働者らに国の定める最低賃金額を相当程度上回る賃金額(職種ごとに設定)を超えて支払うことを義務づける規制が公契約法・公契約条例です。

また、公契約条例では、地方自治体と契約する民間企業や民間団体が受託した事業を再委託したり、他の企業や他の団体の労働者を使用したりすることに対して規制をすることが可能となります。下請け企業や孫請け企業を京都府内や京都市内に本社あるいは支社を有する企業に限定することも可能です。下請け企業や孫請け企業に一定の条件を付することも可能です。こうしたことによって、地域での雇用を確保し地域経済を活性化することが可能となるのです。地方自治体が、適正な賃金や適正な労働条件を確保することを義務づけて業務を委託することによって、質の高い公共サービスが図れるとともに、下請け孫請けとなる地域の中小零細企業の経営や労働者の労働条件が引き上げられ、その結果、税収も向上することになるのです。

日本で最初に公契約条例を制定した千葉県野田市では、最低賃金ぎりぎりであった業務委託の賃金額が時給で100円程度アップしています。川崎市では公契約条例制定の影響で事務の臨時職員の賃金が時給30円程度引き上がりました。公契約条例の制定はワーキングプアを解消する一手段として機能しています。現在までに,全国ですでに17の地方自治体で賃金条項を規定した公契約条例が成立しています。

今回成立した京都市公契約基本条例は、公契約にあたっての市の基本理念を定めた点は評価できるものです。しかし、この条例はその名の通り「基本条例」に過ぎず、公契約条例と言うには値しないきわめて不十分な内容のものです。

そもそも、賃金規定は公契約条例の核心部分です。ところが、京都市の場合この核心部分がありません。これでは地域の中小零細企業の経営や労働者の労働条件が引き上げられることにはならず、ワーキングプアの解消にはつながりません。また、本条例では、中小企業の受注拡大、労働者の適正な労働環境の確保、公契約の適正な履行を掲げるなど、条例案の方向性は間違っていませんが、その実効性については疑問です。市や受注業者が「努める」とあるだけです。義務や権利規定のないものは「条例」と呼ぶには値しません。本条例は、理念を定めた「宣言」に過ぎません。

近畿でも昨年から今年にかけて兵庫県三木市、加西市、加東市で公契約条例が成立しました。賃金規定もしっかりと入っています。これから各地で賃金規定が入った公契約条例の制定が相次いでくるはずです。京都市でも賃金規定がきちんと入った公契約条例の名に値する条例制定に向けて運動していきましょう。